「ヒャッ!?」
わたしは後ろに居る千歳から突然指で腰を突かれ、驚きの変な声を上げてしまった。
「そんなんじゃなくて樹様のことを訊きなさいよぉ」
更に千歳が小声で耳打ちして来た。
「で、でも。今はそれどころじゃないような…」
「あとで後悔しても知らないからね」
ちょっとした脅迫のように聞こえたけれど、「後悔」という言葉がわたしの心に響く。
「わ、分かったわよぉ」
樹様は松本様と宝城さんが何やら話し込んでいるのを見ている。そこへ行くタイミングを計っているようだ。
訊くなら今かも…
「あのぉ、つかぬ事を窺いますけど、樹様はどちらにお住まいなのでしょうか?」
樹様が声には出さずとも「えっ!?」と不思議そうな顔をして一瞬固まってしまった。
で、ですよねぇ…会話の流れからしてこの質問は不自然極まりないですよねぇ…
「す、すみません!変な質問をしてしまって…今の質問は無しにしてください」
恥ずかしすぎて質問を取り消そうとすると、樹様が苦笑いで違う違うという手振りをする。
「あっ、いや。そうじゃないんだ。うちの道場ってまだまだ知名度が低いんだなぁって思ってね。この学校の裏付近に神社があるのは知ってるかな?」
学校裏の神社?余り記憶にないけど見た事だけはあるような…
振り返ってみれば学校に何年も通っているのに、今まで学校周辺にはこれといった用事も無く、散歩するようなこともほとんど無かったため今更ながら自分が学校周辺の地理に疎いことに気付く。
「恥ずかしい話、ここら辺の地理には詳しくなくって…」
「ハハハ、それ、何となく分かる…ずっと住んでる自宅の裏側に他人の家があるのは知ってるけど、話す機会が無くて名前すら知らない。みたいな感覚だよね」
「…たぶん、そんな感じです」
「その神社の隣に古びた屋敷があるんだけど、そこに俺は家族と一緒に住んでるよ。因みに言ってしまうと道場も敷地内在るんだ」
なっ!?なんとまぁ棚から牡丹餅的お話で…
「随分と近くにお住まいだったんですね」
「そう。だから走って学校まで来れたってわけさ」
「あの、良かったら今度、道場を拝見させてもらっても良いでしょうか?」
あまり考えもせず咄嗟に言葉が口から出て来た。
「もちろんだよ。その時は軽く手合わせでもしよう」
「ぜ、是非!」
うわぁ~!?一気に話が進んでしまった!しかも、また逢えるだけでなく、剣術の手合わせまで出来ることになろうとは…
「おっ!あちらの話が終わったようだ。じゃあ俺はこれで失礼する。また逢おう司さん」
「また逢おう司さん」、「また逢おう司さん」、「また逢おう司さん」…
この言葉がわたしの頭の中で何度も繰り返されているあいだに、樹様は縄で縛られている松本様の元へ向かったのでした。
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