「ぼ、僕のものにならないのならば…あ、貴方を、こ、殺して僕も死ぬ…」
狂乱の殿方がブツブツと恐ろしいことを言い出した。
そして、ブルブルと震える手で鞘から刀を抜く。
「キャーッ!キャー!」
一部始終を観ていた取り巻きの女学生が悲鳴を上げる。
当事者である宝城さんは絶句し顔が青ざめ、身体が恐怖で覆われて動けないようだ。
まずいな…
張り詰めた空気のなか、千歳が息を切らせてわたしの方に駆け寄り、手に持った竹箒を差し出す。
「司!これっ!」
「ありがとう千歳!」
わたしは受け取った竹箒を素早く分解し、固い竹の長柄部分だけを手に持ち宝城さんと殿方のあいだに割って入った。
竹の柄をサッと正面に構え説得を試みる。
「何処の何方か存じませんが、どうか冷静になってその刀をお納めください」
殿方の目を間近でみると、白目部分が血走り焦点が定まっていない。
いけない、完全に我を忘れている状態だ…
「お前こそ何処の小娘か知らんが、死にたくなければ今すぐそこをどけ!」
狂乱の殿方はやはり、すんなりと引き下がってはくれなかった。
死ぬつもりは更々ないけど相手は真剣を持っている。
木刀を使用して試合をするのとは訳が違うし、一歩間違えば命を落としてしまうだろう。
「ここを退くことは出来ません!大事に至る前に、どうかその刀を納めこの場を去っていただけないでしょうか?」
「…悪いが僕は命を懸けてここに来ている。他人を巻き込むつもりは無いが、邪魔立てするなら斬ってしまうぞ!」
殿方はそう吐き捨てるように言い、刀を正面に構え闘いの姿勢を取った。
やるしかないのか…
わたしは真剣使用の素振りや型の鍛錬は何度も経験しているが、試合や実戦経験は一度も無かった。
故に、真剣を手に構える人との初対峙に身体が緊張で強張ってしまう。
この強張りをなんとかしたいけどその前に…
「宝城さん!そこでぼーっと突っ立ってないで後ろへ下がって!」
「あっ!?は、はい!」
呼び掛けに驚いた宝城さんが他の女学生の居る場所まで下がる。
まだ背後に宝城さんの気配を感じていたわたしは、殿方から目を離さず必要以上に大声を出したのだった。
そのお陰で少し緊張感が解け、身体の強張りも和らいだ気がする。
相手がどれほどの腕を持っているのか分からない。
仮にこちらから仕掛け、竹の棒を真っ二つにでもされれば一巻の終わり。
ここは相手の出方を待ち、防御に徹することが得策だろう…
殿方がジリジリと足を動かし間を詰めようとする。
わたしは下駄を脱ぎ捨て自分に適した間を保ちつつそれに合わせ足を動かす…
「うらぁーーーっ!」
遂に殿方が気合の声上げ、躊躇なく真剣を振り回し斬りかかって来た!
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