「ウフフ、褒めてくれてありがとう。司の絵も見せてよ」
「うっ、うん良いけど、見て笑わないでよぉ」
自信なく描いた絵を恐る恐る千歳に見せると、みるみるうちに眉間に皺が寄り険しい顔になっていく。
「ま、まあまあ良いんじゃないかしら。この桜の花びらが異常に大きいところが何とも…」
親友よ。そんなに無理矢理褒めようとしてくれなくても…
こんな困った顔をされるくらいなら、いっそ一笑に付してもらった方が良かったかも知れない。
二人での囁かな絵のお披露目が終わり道具の後片付けをしていると、宝城さん達の集まりが妙にざわつき出しているのに気付いた。
「あら、彼方の様子がおかしいわね…千歳、ちょっと行ってみよう」
「あ、うん!行こう」
走って近づくと、宝城さんの立つ正面に一人の殿方が立っており何やら口論をしているのが分かった。
「だからこれが最後の申し込みだ!薫さん、どうか、どうか僕と結婚してくれ!」
殿方が必死の形相で結婚を懇願している。着物姿で歳の頃は20代後半だろうか…
ん!?左手に持っているのは刀の鞘!?
廃刀令が敷かれて以来、大礼服着用の場合並びに軍人や警察官吏などが制服を着用する場合以外に刀を身に付けることは禁じられ、一般庶民が帯刀することは違法行為になる。
失礼だけれどこの方は御乱心されている様子、下手な返答をしたら間違いが起こるかも知れない…
重苦しい緊張感の漂う中、宝城さんが口を開く。
「松本様、どうか気を悪くされずにお聞き下さいませ。貴方様からの婚姻の申し出はたいへん有り難く想っておりますけれど、未熟なわたしには勿体無いお話かと…本当に申し訳ございませんが、ご要望に応えることは出来かねます」
宝城さんにしては珍しく相手の様子を察しているのか、言葉を慎重に選び丁寧にゆっくりとした口調で言い終えたあと、深々と頭を下げた。
花山さんを含めた取り巻きの女学生らが、宝城さんの背後から少し距離を取り、固唾を呑んで事の成り行きを見守っている。
このまま相手の殿方が引き下がってくれれば良いのだけれど…
殿方を見ると目からは涙が溢れ、身体がワナワナと微妙に震え出した。
わたしは嫌な予感がして千歳に小声で言う。
「千歳、悪いんだけど、そこの桜の木に立て掛けてある竹箒を急ぎ取って来てくれないかな?わたしはあの殿方から目が話せないの」
「うん、わかった」
千歳はわたしの考えている事を直ぐに察してくれたようで、示した桜の木に向かい走って行った。
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