朝は真琴さんに起こされ学校に着くまでのあいだ、特にこれといって変わった事もなく、今は教室で親友の千歳と雑談をしているところだ。
「そうなのねぇ。千歳のお兄様は東京警視庁にお勤めになりたいんだぁ」
「何を好き好んでそんな仕事をしたいのか知らないけれど、両親も了承して日々勉学に励んでいるわ」
江戸の時代は町奉行所という機関があり警察の役割を担っていたらしいが、明治維新後は邏卒(らそつ)という巡査が設置され、その後は警保寮職制によって21階級の階級制度が導入された。
その約2年後に設立されたのが東京警視庁である。
千歳の話では、睡眠もまともに取る事ができないほどの激務らしかった。
「あっ!今思い出した。去年お兄様と剣術の試合をする機会があったのだったわ。剣術の腕前は素晴らしかったから向いてるのかも知れないわね。まぁ試合はわたしの勝ちだったんだけど…」
「司、それって初耳だわ。もしかしてお兄様から交際を申し込まれた訳ではないわよね?」
千歳が珍しく座った目をして訊いてきた。
しまった!わたしとした事が…
彼女はお兄様を異常かと想えるほど溺愛している。もちろん兄妹としてというのは付け加えておこう。
二人が一緒にいるところで何度か会ったこともあったし、町で何度か見かけたこともあったけれど、その様子は兄妹愛以上のものを感じさせる何かがあった。これは、千歳本人に言った事は無い。
だからお兄様の話をする時は繊細な注意を払うべきだったのに、久々に出て来た固有名詞にうっかり忘れていたのだった。
上手く話を流さなければ大変な事態になりかねない…
「も、もちろんよぉぉ。千歳のお兄様から交際を申し込まれるなんてある訳がないわぁ。ただ単に腕前を試したいと言われて試合をしただけよ」
なかなかの眼力でわたしの目をジッと睨んでいた千歳の目が緩む。
「そう、なら良いわぁ。でももし、お兄様から交際を申し込まれたら司はどうするの?」
げっ!?なんと答え辛い質問をしてくるのだろうかこの親友は!?
もし交際を受けると答えれば首を絞められてもう貴方とは絶好よ!」などと言われそうな気もするし、交際を断る方向で答えても不機嫌になって教室から出て行ってしまうかも知れない…
お兄様以外のことであれば全く非のつつけどころが無い千歳なのだけれど、お兄様の事となると人が変わったようになってしまう節がある。
故に、たった一つの質問の答えを出すのに少々の時間を掛けねばならなかった…
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