嗚呼…お湯に浸かり過ぎて段々と意識が………….っと!?こんなところで意識を失って倒れでもしたら、産まれたままの姿で発見されて大恥をかいてしまうわ。そんな恥ずかしいことが起こる前に湯船から上がらなくちゃ!
踏ん切りをつけて心地よい湯船から上がり、冷水でザッと身体を洗い流して気分をスッキリさせた。
何故かいつもより念入りに身体を拭き、準備しておいた服を着て部屋に戻る。
部屋に戻ってから読みかけの本の続きを読んでいても、気を抜くと頭の中に樹様の顔が浮かんでしまう…
誰かと話しでもしていれば樹様のことを考えないで済むかも知れない…
そう想ったわたしは部屋を出て、広い屋敷の中に話し相手になってくれそうな人を探してみることにした。
でも残念ながら夕食前で屋敷の一階に居る使用人の方々は皆忙しそうにしているし、まだ両親や祖父母の姿も見えない。
はぁ~。すっかり当てが外れてしまった。
いつもだったら家族の誰か一人くらいは屋敷に居る時間帯なのに、こういう時に限って全員不在とは…
仕方がないので他に誰か居ないものかと屋敷の中は諦めて庭に行ってみる。
外は夕暮れ時で空が茜色に染まっていた。鴉が「カァカァ」と鳴きながら飛んでいる姿も見られ、なかなかの哀愁感を醸し出している。
加賀美家の庭には春の花が咲き誇り、夕暮れ時の微かな光で普段より控えめな美しさを表現していた。
庭には5人くらい座れるベンチ椅子があるのだけれど、そこに腰かける殿方の人影が見える。
それは、風景を肴にして酒を美味しそうに呑む師匠の姿だった。
ああいう風にして黙っていれば結構様になっちゃうんだよなぁ、師匠って。
しかし惜しいかな。今の心境からすると余り話しをしたくない相手。なんせ師匠と来たら、剣術の試合では相手の手のうちを読むことに長けた人なのに、人との会話においては空気を読むという事を知らないから……とは言え背に腹はかえられない。もしかしたらおもしろい話が訊けるかもと思い声をかける。
「師匠!また美味しそうに酒を呑んでますねぇ」
「おう、司か。どうだお前も一杯呑むか?」
師匠に酒を勧められて気付く。
そうか!こんな時は酒を呑んで酔ってしまえばいいんだ!
「たまには良いかもしれませんねぇ。折角なので頂いちゃいま~す」
と軽い調子で返事をして隣に腰掛ける。
すると、師匠が使っていたおちょこを布で綺麗に拭き取り渡してくれた。両手で受け取るとそこに徳利を傾けてお酒を注いでくれる。
お酒を呑むことは滅多になく、それこそ年明けの正月以来だったけれど、躊躇しないでぐいっと一口で呑み干す。
お酒がす~っと喉を通り身体の中に熱いものを感じた。
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