[謝罪される]
視線を気にせず壊した机の代わりを教室に置き、わたし達の席を見てお弁当が残っていることに気付く。
時間がないので大急ぎで食べ終わると、宝城さんと花山さんが恐る恐る近寄って来た。
少し震えた声で宝城さんがわたしに話しかける。
「ちょ、ちょっとよろしいかしら加賀美さん」
「なにか御用?」
宝城さんは何かモジモジとした様子。
「…け、今朝はごめんなさいね。この通りお詫び致しますわ」
「えっ!?」
わたしは声に出して驚いてしまった。
あの超高飛車女で人に謝る姿を見たことが無かった彼女が、言葉にして謝るどころか深々と頭を下げたのだから。
「あ、ええと、宝城さん。もう頭を上げてください。みんなが見てますよ」
そう言ってようやく宝城さんは頭を上げた。
「許して下さるの?加賀美さん」
「…良いですよ。さっきのでスッキリしましたしね」
「ありがとう加賀美さん!」
宝城さんは笑顔になったかと思うと、くるっと身体を反転させて取り巻きの女学生達に話し出す。
「みなさん!ご覧になりましたかぁ?誠意を持って謝罪したら加賀美さんに許していただけましたわよ~」
「素晴らし謝罪でしたわぁ!宝城さん!」
横に居た花山さんがなぜか宝城さんを褒めると、取り巻きの女学生達も続いて褒め称え始めた。
なんだろう、この茶番劇。
反省してくれているとは想うけれど…
まぁ、学級内の雰囲気が壊れるよりずっとましかな…
イマイチ釈然としなかったけれど、わたしはこの件についてもう考えないようにした。
午後の授業が終わり下校時間になると、帰り際に千歳がトントンとわたしの肩を叩く。
「お見合いの件の相談はもう良かったの?」
すっかりその話題のことは忘れてしまっていた。
「うん、もういいかも知れないわ。今はなるようになれといった感じになってる」
「そっかぁ。じゃあ心配はいらないわね。また明日ぁ」
「じゃあねぇ、また明日~」
やっぱり親友が居るって良いものだなぁ…しみじみと思う。
校舎を出て校門近くまで行くと、いつものように車夫の伊達さんが待機していた。
ん!?…前言撤回、訂正します。
いつもであれば一人で待っているはずの伊達さんが、見知らぬ大人の女性と楽しそうに立ち話をしている。
だ、誰だあの女性!?
今行けば邪魔者になっちゃうかなぁ。
こっそり会話の聴こえる位置まで近づいて、盗み聴きしてしまおうか?
自問自答した結果、盗み聴きするのは何だか悪い気がしたので、会話が終わるまで遠くから物陰に隠れて見守る事にした。
…しかし、5分、10分と経過しても二人の会話が終わらない。
これは判断を誤ってしまったかも…
わたしは痺れを切らして二人の方へ歩いて行った。
[伊達さんの恋]
二人の話し声が聴こえそうな距離まで近づき声をかける。
「伊達さん!お待たせしました~!」
「………………..」
結構大きめの声を出して呼びかけたのにも関わらず、伊達さんは気付いてくれずにまだ二人で話している。
仕方がないので伊達さんの後ろに回り、ちょっとだけ意地悪してやろうと思い黙って肩をポンポンと軽く叩くと。
「ぬうおぉーーーっ!?」
「ひゃっ!?」
伊達さんが身体をビクーッ!と大きく動かし予想以上に驚かれたものだから、逆にわたしも声を上げて驚いてしまった。
「お、お嬢様でしたかぁ。も~、びっくりさせないでくださいよ~」
「こっちもびっくりしましたけどね。ところで、その方はどちら様ですか?」
伊達さんには失礼ながら、不釣り合いなほどの着物美人に視線を送って訊いてみた。
「あれ?紹介したこと無かったですかねぇ。こいつは俺の彼女ですよ~。付き合ってもう一年以上経ちますかねぇ」
何ですと!?まさかこんな清楚な美人さんが強面でゴリゴリの筋肉男と…
わたしの伊達さんに対する男性としての評価を大幅に見直す必要がありそうだ。
「加賀美家のお嬢様ですね。お初にお目にかかります。わたしは鮫島江(さめじまこう)と申します」
おっと、先に挨拶されてしまった。
その上品なお辞儀の仕方からして、何処かのお嬢様のようにも見える。
「挨拶が遅れ申し訳ございません。初めまして、加賀美司と申します」
お辞儀で返すと江さんがニッコリと笑いかけてくれた。
「恒彦さん、では、わたしはこの辺で」
「あ、ああ、そうかい。明日の夜にでも江の家へ遊びに行くよ!」
江さんは仕事中の伊達さんに気を遣ったのか、早々とその場を立ち去ってしまった。
「あんな美人の彼女がいるなんて、伊達さんも隅におけないですねぇ」
「いやぁ、照れますから止めてください」
フフフ、止めません。突っ込んで話しを聞かせてもらいますよ。恋愛未経験者としては経験談をより多く聞いて参考にしたいのです。
「屋敷へはゆっくりで良いので、是非とも彼女との馴れ初めを聞かせてください!」
「お、俺の恋愛話なんて面白くも何ともないですけど良いんですか?」
「良いんです!今のわたしにはどんな恋愛話も貴重ですから」
「そうですか、なら話しますけど…」
それから、伊達さんは人力車をゆっくりひきながら江さんとの馴れ初めを話してくれた。
彼女と知り合ったのは加賀美家の仕事が休みの時に、別のところからの仕事を受けたことが発端らしい。
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