親父は立場を利用して僕の退院手続きを早々と済ませ、その日の午後に僕は退院して家に帰った。
翌朝、三人で顔を突き合わせての朝食中に親父が僕に話し掛ける。
「匡、病気の治療について説明したいんだが、今から話をしても良いか?」
自分自身の事とは言え朝から重い話だな…
「あ、ああ構わないよ」
「母さんには前もって話してあるから心配するな」
言われて母の方に目を向けると、少し口角をあげて何も言わずコクンと頷いた。
母が何も口を出さないから変だとは思っていたけれど、恐らく僕が病院で寝ているあいだに親父から説明を受けたのだろう。
「治療は今夜から一カ月かけてこの家の地下室で行う」
なにっ!?今夜!?家の地下室!?
また急な話しで、しかも家に地下室があるなんて知らなかったんだが。
「家の地下室って今初めて聞いたんだけど?」
「ハハハ、そりゃそうだ。なんせ秘密の部屋だからな。俺以外で知っているのは母さんと俺の親友の二人だけだ」
なんだよその映画にあるような設定は。
だが、考えてみれば親父はIQ200の天才で変人だからな。家に秘密の地下室がある事はそこまで不思議でもないか…
「で、どんな治療をするんだよ?」
「うん、よくぞ訊いてくれた。実はな、父さんが長年研究を繰り返して完成させた[人体万能治療ポッド]ってやつがあるんだ。それで匡を治す!」
おいおいおいおいおいおいおーーーい!?いよいよ怪しくなって来たぞこの親父!
…んん、いや、待てよ。天才で変人の親父のやる事に常識を当てはめるのは間違っているのかも知れない。
僕はふと過去を想い出す…
好奇心旺盛だった中学生の頃、親父に黙ってこっそり書斎に入った事があった。
その時に、1000冊以上の本が並べられた本棚を見たのだが、医療関係の本の他に科学や機械工学の本が多くあるのを不思議に思った記憶がある。
今なら不思議に思った記憶も納得がいく。親父は医者にして科学者だったんだ。いつも寝不足気味の顔をしていたのもその所為か…
「あのさぁ、それって本当にほんっとうに!大丈夫なのか?」
「大丈夫!動物での実験はもちろん、最終的に人の末期癌を完治させることにも成功した実績がある。正に人類史上最高の発明品だ。褒めてくれて良いぞ!」
僕が無事に完治したら褒めてあげよう。
ん!?いま「人の末期癌を完治させることにも成功した」と言ったよな…
確か地下室を知っているのは母と親父の親友だとも言っていた。
ということはまさか…
「その末期癌だった患者ってもしかして母さんなの?」
突然の問いに母が微笑を浮かべ答える。
「そうよ。わたしがこうして元気でいられるのは父さんのお陰なの」
胸にズシンと来るような衝撃を僕は受けていた。
今は完治しているとは言え、母が末期癌だったことを知らずに過ごして来たのだから…
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