[お見合い話]
師匠が食卓に居るだけで加賀美家食卓の会話が自然と増える。これはきっと話しかけ易い人柄が影響しているのだろう…
会話をしてみないと人のことはよく分からないと云うけれど、師匠は正に典型的なそのタイプだった。
普段は仏頂面をしている上、無駄?に美形なものだから人が近寄り難い雰囲気を醸し出している。
だけど話してみれば天然な性格が分かり人間性をおもしろく感じてしまう。ここまでくれば、そのギャップにより人がより一層親しみ易さを覚えついつい話し掛けてしまう。
今宵の食事中は特に三ヶ月に渡る師匠の旅の体験談で盛り上がった。日頃はあまり喋らない義父でさえ饒舌に喋ったものであった。
盛り上がりが終息迎えた折、何の脈絡もなく義父がわたしに話し掛ける。
「司よ。いま付き合っておる人は居るのか?」
っ!?何ですと!?口に含んでいたお茶を吹き出しそうになり慌てて飲み込んだ。
急にどうしました?お祖父様。
「い、居ませんよ。もし居たら真っ先にお祖父様へお知らせします」
「ほうほう、そうかそうか。いやなに、ちょっとした見合い話を持って来たもんでな。そろそろ見合いの一つや二つやってもおかしく無かろう?」
お!?お見合い!?…
確かにわたしは17歳でお見合いをしてもおかしく無いお年頃。学校の女学生の中には既にお見合いをして婚約者が居る者さえ居た。しかし…
「お見合い、ですかぁ…」
余りにも急な話で頭の中が纏まらない。果たしてお見合いで最高の恋が出来るのだろうか?ん~、どうしよう…
「司よ、今はそう深く考えんでもよい。急な話で驚いておるじゃろうからなぁ。ほっほっほっ」
娘のお見合いだ。当然気になっているであろう母が訊く。
「お父様、そのお見合いの相手はどのような殿方ですの?」
「おお、そうじゃった。誰とも知れない者と見合いなどできんな。写真があれば一番良かったのじゃが…とにかくなかなかの二枚目らしいぞ。歳の頃は25歳ほどと訊いておる。仕事は医者をしておって剣道にも通じておるらしい」
剣道という言葉に反応した師匠が目をキラリとさせ口を出す。
「ほう、文武両道というわけですな。素晴らしい、是非ともお手合わせ願いたいものだ」
いや、今は師匠の出る幕じゃ無いですから。
お祖父様が師匠の言葉を軽く受け流してわたしに問う。
「どうじゃ司。会うだけ会ってみんか?ひょっとしたら気にいるかも知れんぞ?」
仕方がないなぁ、だけど…
「お祖父様、わたしのルールからすれば剣術での手合わせをしてみないとお話しになりませんわ。それでよろしければ顔合わせだけでもさせていただきますが如何でしょう?」
[恋愛相談]
「ほっほっほっ、それは重々承知しておるよ。ならば、剣術の試合を含めての見合いという事で先方に伝えるが良いかな?」
そんなお見合い聞いた試しもないけれど、ここはお祖父様の顔を立てておきましょう。
「わたしはそれで構いませんわ。ただし、試合の結果次第ではその場で解散させていただきますけど」
「ほっほっほっ、こわやこわや。流石はわしの孫じゃ。では見合いの段取りが付けばまた知らせるぞ」
「分かりましたわ。お祖父様」
こうして思いもよらず、夕食の席でお見合いをする事が決まってしまった。
いつもより会話の中身が濃い食事が終わり、部屋に戻りオイルランプに火を灯してゆっくりする。
「はぁ、人生って分からないものねぇ」
突然お見合い話が持ち上がり、あっという間に決まったのだから、独り言も呟きたくなるというものだ。
でも先方はわたしのことを知っての話しなのだろうか?
もし相手の方が知らなくて、お見合いで逆に失望されたらどうしよう…
などと一人で想いを巡らせていると、ドアの向こうから真琴さんの声が聴こえる。
「司様、真琴です。入ってもよろしいでしょうか?」
「どうぞ~!」
わたしは返事をして部屋に入った真琴さんに布団の横に座ってもらった。
彼女がわたしの居る部屋に入る時は、それなりの話しをするためだと経験上で分かっている。
「お見合いの件で心配して見に来てくれたのですね?」
「えっ!?そうですけど…もしかして顔に描いてありましたか?」
「はい、顔に描いてありますよ~」
「そ、そうですか…」
真琴さんが顔を赤らめ恥ずかしそうにする姿は、男勝りなところのあるわたしよりよっぽど女性らしさを感じた。
「あ、でも、今回は司様の様子を見て来てくれないかと、ご主人様に言われて伺ったのですよ」
なるほどね。恐がられることも多いけど人への心配りが出来るお祖父様らしい心遣いだわ。
「ありがとうございます真琴さん。わたしは大丈夫ですよ。まぁ、不安が少しも無いと言えば嘘になりますけど…」
「あの、わたしで良ければお話を聞かせていただきますよ」
このあと暫くの時間、お見合い相手のことや、自分の恋の在り方などで不安に想っていることを話し、ただ聞いてもらうだけで気が楽になった。
部屋を出る直前に真琴さんが言う。
「人生でそう何度も恋をすることは無いのですから、後悔だけはしないようにしたいですよね」
あっ!そうですよね!後悔だけはしないようにしなくちゃ。わたしの恋はまだ始まってもいないけれど…
「ありがとう真琴さん。お祖父様には大丈夫そうだと伝えてください」
「畏まりました。では、また明日」
真琴さんが居なくなったあと布団に寝転び、まだ見ぬ恋人の姿を想像するわたしなのでした。
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