僕達の世界線は永遠に変わらない [豹変する世界]

僕達の世界線は永遠に変わらない

時は西暦2031年の夏。

 僕は見るも無残な姿で倒れかけた東京スカイツリーの上に立ち、かつて日本の首都だった東京の荒れ果てた街を眺めている。

 今や日本政府は崩壊し日本、いや、世界中が危機的状況の渦中にあった。

 一年ほど前の人類は、2020年に突如として起こったパンデミックによる混乱から立ち直り、パンデミック以前の世界にまで復興し平穏な生活を送っていた筈である。

 ならば何故、世界中で戦争でもあったかのように世界は豹変してしまったのか?

 最近になって僕も知ったのだがその要因は月にあった。
 そう、地球の周りをずっと公転していた衛星の月。

 あえて「公転していた」と過去形で話したことには勿論意味がある。

 世界の破滅的な現状を受け入れ、自分自身の頭の中を整理するためにも、平和だった頃の世界を思い出してみよう…


 一年ほど前の僕は高校一年生で16歳。名前は阿笠匡(あがさたすく)。
 身長は170cm、顔は親友の稲垣喬助(いながききょうすけ)が言うには、「お前の顔?そこそこなんじゃね」だそうだ。

 通っている高校は東京の都心から少々離れた街にある。
 教室の中は夏休み直前で浮足立つ生徒達で騒がしい。と言っている僕も、「夏休みは遊びまくるぞ~!」とはしゃいでいる生徒の一人だ。

 席が隣で茶髪の喬助と、夏休み期間中の計画をあれやこれや話しているところへ、同級生の中で男子人気ナンバーワンの品川結月(しながわゆづき)が近づいて来る。

「あれあれ~、また二人だけで夏休みを過ごすつもりなの?たまにはわたしも仲間に入れてよぉ」

 結月は幼稚園の頃からの幼馴染だ。
 高校生になった今でも友達感覚で周りの目も気にせず僕に話し掛けてくる。

「結月は友達か彼氏と遊びに行けばいいだろ?僕と喬助は夏休み中に二人だけで遊ぶ計画を立てているんだ」

 そう言うと結月が不機嫌そうな顔をして返す。

「男同士でずっと遊んでいるといつか周りに変な目で見られるわよ。たまにはわたしを含めて遊んだ方が丁度いいと思うけどな。それと彼氏なんか居ませんので!」

 なんだか最後だけ強調されて言われたような気がする…

「俺は結月が一緒でも全然構わないぜ。確かにずっと男二人は気持ち悪いしなぁ」

 はい、秒で親友に裏切られました~。

 喬助は高校生になってからの親友で、結月とも僕繋がりで会話するようになった。もしかしたら結月に異性として好意を持っているのかも知れない…

 別に打ち明けられた事はないけれど、コイツが今まで結月と接する様子を見ていれば自然とそう思えてしまう。

「喬助がそう言うなら分かったよ。その時は連絡入れるからもう席に戻ってくれ」

「決まりね。じゃあ夏休みに連絡してくれるのを待ってるわ♪」

 結月はご機嫌な顔をして自分の席に戻り、僕と喬助の話しもそこで終わった。

 明日は終業式という事もあり、午後の体育が最後の授業。行われたのはサッカーの試合だった。

 サッカーは得意な方で好きだったのだが、この試合中に夏休みをぶち壊す事件が起こる…

 体育教師が審判をしてホイッスルを吹き試合が始まる。
 チームでのポジションは前衛のフォワード。
 僕のチームが優勢に試合を運び、ここまで僕は絶好調で2得点を決めていた。
 そして、ハットトリックを決めるシュートを放とうとしたその時。

「うっ!?うぅ…」

 僕は突如として呼吸が苦しくなり、その場にうつ伏せの恰好で倒れてしまった。

 そこへ体育教師やクラスメイトが駆け寄って声を掛けてくれるが、苦しくて声を出すことも出来ない。

 やがて救急車のサイレンの音が聴こえ、運動場横の道路あたりで音が止んだ。
 程なく救急隊員がやって来て僕を担架に乗せる。

 騒ぎを聞きつけたのか体育館で授業を受けていた女子が来ていたようだ。

「しっかりして匡!あとで絶対病院に行くからね!」

 近くでそう呼び掛ける結月のちょっと震える声がした。

「匡!俺も結月と一緒に行くからしっかりしろよ!」

 喬助も必至になって声を掛けてくれる。
 僕は朦朧とする意識の中、救急車に乗せられるところまでは何とか理解していたが、そのあとは意識を失ってしまった。

 ゆっくりと瞼を開けてふと目を覚ますと、心電図の音が安定した調子で聴こえる。
 口と鼻は酸素マスクで覆われ、身体には点滴も打たれているようだ。

 ここはたぶん病院の集中治療室だな…

 息苦しさは無くなったものの、身体を起こそうとするが全く力が入らない。
 無理に身体を動かすことを止め僕はそのまま眠りにつく。

 倒れてから二度目に目を開けると、視界には微笑む母の顔があった。

「あら、目が覚めたようね匡。良かったわぁ」

 どうやら僕は、集中治療室から一般の個室に移動させられたらしい。

「母さん、今って何時?」

 自分がどれくらい眠っていたのか気になり訊いてみた。

「えっと、朝の9時。あなたは一晩中寝ていたのよ」

 そうか、僕は倒れてから15時間くらい寝てたんだな…

 42歳という実年齢より若く見える母が、ナイフでリンゴの皮を剥きながら話す。

「そうそう昨日の夜。結月ちゃんと喬助君て言う男の子がお見舞いに来てくれたわよ。でも、あなたは集中治療室に居たから、『頑張るように伝えてください』と言って帰ったわ。良い友達を持てて良かったわねぇ」

 あいつら本当に来てくれたんだ…

 母と二人で話をしているとドアのノック音が聴こえ、医者の親父が白衣姿で部屋に入って来るのを見て、ここが親父の務めている病院だという事に気付く。

「おお、匡!目が覚めたようだな。お前の病気について話したいんだが、今から話しても大丈夫か?」

 えっ!?やっぱり僕は何かしらの病気なのか?
 そりゃ、突然倒れて救急車で運ばれるほどだ。何も無い事もないだろう。
 とは言え親父の明るい様子からして重病という訳では無さそうだ…

「分かった。お願いします」

 返事をして横にいる母を見ると表情が曇っていた。
 立ったままの親父が真剣だが穏やかな顔をして僕の病気について話し出す。

「いいか、落ち着いて聞けよ。匡、お前は白血病だ」

 はぁっ!?それって重病じゃないか!?

 僕はそんな大事な告知をサラッと言ってしまう親父の元々変人だと思っていた人格を更に疑った。

「あのさ、白血病って確か命に係わる病気だよね?なんでそんな簡単に伝えちゃうかなぁ?」

 父は掛けている眼鏡を指で摘み位置を整えて答える。

「それは父さんが匡の病気を完全に治せるからさ」

 親父は正気なのか!?今度は自分の耳を疑う。

 詳しくは知らないが、現在の医学をもってしても白血病を完全に治すのは難しいのでは!?

「驚くのも無理はない。だが事実だ。父さんは匡の病気を完全に治して見せる。しかも一カ月という短期間でだ」

「どこから来るんだよその自信。何か特別な治療法でもあるのか?」

「ある!善は急げだ。早速明日から治療に入るぞ。いいな?」

 明日から夏休みだというのに…

 しかし、自分自身の命と夏休みを天秤にかけて考えれば直ぐに答えは出た。

「親父。よろしく頼むよ…」

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