[六人の食卓]
いつもお風呂に入るタイミングは剣の鍛錬で汗を掻いた直後になる。
身体の汚れを洗い流したあと、湯船に浸かって一日の疲れを癒やす。
癖になってしまったのか、わたしは湯船に浸かっている時に独り言を呟くことが多い。
「まさか、師匠が三ヶ月やそこらで帰って来るなんてねぇ…鍛錬を一年くらい積んでから腕前を見せたかったのに…」
そう、師匠の旅は一年ほどかかるという話しだったので、わたしは一年掛けて自己流の鍛錬を積み勝つつもりだった。
「だけど、今日の感じでは当分無理っぽいなぁ…」
でもいくら化け物的な強さの師匠とはいえ、人間にはいつか限界が来るはず。出来れば強さがピーク時の師匠に勝負を挑んで勝ちたいところ。
とまあ、お風呂ではこんな具合にブツブツ言いながら普段は過ごしているのです。
お風呂から上がり夕食までの時間は部屋で読書や勉強をしたりする。
夕食の時間になると真琴さんが呼びに来てくれるので、ちょっとした昼寝をしても寝過ごすことは無い。
因みに加賀美家で働く使用人は全部で5人。そのうち真琴さんと俥夫の伊達さんは住み込みで働いてもらっている。
屋敷にはいくつも部屋があり、真琴さんと伊達さんには一階の空いている個室が与えられていた。
師匠は加賀美家の警備や用心棒をしているが、その扱いは使用人と異なっている。
どちらかというと家族に近い客人扱いになっているので、わたしと母が救われた一件以来、夕食時は加賀美家の家族と共に過ごして来た。
師匠が旅をして屋敷に居なかった三ヶ月は家族五人だけで食事をしていたけれど、今日からまた六人での食事に戻ることだろう。
物想いに耽っていると部屋のドアをノックする音が聴こえ、真琴さんがわたしに呼び掛ける。
「司様~!お食事の準備が出来ました」
「は~い!今行きま~す!」
返事をしたあと部屋を出て食卓へ向かうと、やはり師匠も席に座りお祖父様と親しげに喋っていた。
「ハッハッハッ、いやあ、というわけで旅から急遽帰って来た次第です」
いやいや師匠、なぜわたしの居ないところでその話を…ちゃんと言う通り話したんでしょうね?
「おお司、今しがた奏君から聞いたぞ。なにやら怪しげな悪漢に付き纏われて困っていたようじゃな。奏君が撃退してくれたようじゃが、なぜワシに知らせなかった?」
お祖父様の話し方から察するに、師匠は上手く話したようだ。
「忙しいお祖父様の手を煩わせたくなくて黙っていたのです。申し訳ありませんでした」
「ほっほっほっ、孫の一大事はワシの一大事じゃ。遠慮は要らんから何でも話せ。良いな司?」
「ありがとうございます。お祖父様」
こうして、師匠が旅から戻った理由の辻褄合わせは上手くいったのだけれど、このあとお祖父様の口から爆弾発言を聞くことになろうとは思いも寄らなかった。
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