[沖田総司と加賀美京子]
お風呂組の二人が並んで歩き道場を出て行く。
後ろからそれを眺めていると、真琴さんが頬を赤らめながら師匠に話しかけている。
恋する乙女は好きな人と言葉を交わす時、あんなに無防備で嬉しそうな顔をするんだなぁ。幸せそう…
奏十四郎は私生活に問題ありありの男だけど、真琴さんの恋がいつか成就しますように!わたしは心からそう願う。
でも人の恋愛にばかりかまけてはいられない。自分の恋を何とかしなきゃなぁ。
「最高の恋がしたい!」と想いを馳せ始めたのは15歳の頃、お母様から沖田総司との恋愛話を聞いてからだった。
わたしはその話を想い出す…
大恋愛の馴れ初めの地は江戸時代末期の京都。
当時のお母様は、忙しく働ている医者のお祖父様を手伝っていた。
腕が良いと評判のお祖父様は休みが取れないほど引っ張りだこで、その手伝いをするお母様も休みはほとんど取れず、忙しない日々が続いていたという。
片や当時の父は、名の知れ渡る新撰組の一番隊隊長の職務を全う出来ぬほど体調を崩し、新撰組局長である近藤勇の妾の屋敷で療養に専念していた。
そんな二人が出逢ったのは、お祖父様のことを風の噂で知った近藤勇が、「療養中の沖田総司を是非とも診て欲しい」と、お祖父様に嘆願したのがきっかけとなった。
近藤勇に連れられ、お祖父様とお母様がその屋敷を訪れた際に父と母が出逢う。
屋敷に上がって近藤勇の後ろを歩き奥に進むと、縁側に腰掛け陽の光を浴びる植物のように日向ぼっこをする沖田総司の姿があった。
体調を崩し療養だったこともあり、父の肌は陽の光が透き通るほど色白で、元々美形だった顔が儚げなげな表情と相まって美しく見えたという。
母はこの沖田総司を初めて見た瞬間、この世にあるはずがないと思っていた「一目惚れ」をしたのだとか。
近藤勇が二人を紹介すると、父はニコリとして挨拶を交わし、お母様に気付いて目が合うと直ぐに目を逸らした。
そのあと身体を診てもらっているあいだの父は、お祖父様と楽しげに話していたけれど、ただの一度もお母様の方に目を向けることもなく、「このお方はわたしに興味を持ってくださらないのね」と心の中で嘆いたらしい。
しかし、お母様の話しによると、このあとから意外な展開が待っていた。
診察が終わり、お祖父様が近藤勇に結果を伝えるため部屋を出ると、ここで沖田総司がお母様に初めて声をかける。
「変なやつだと思われるかも知れませんが、今日の夜に二人きりで逢ってもらえませんか?」
「も、もちろん構いませんわ」
お母様は一考もせず、顔を熱らせ即答したという。
[生と死と]
その夜、お母様が約束された町の木橋に向かうと、沖田総司は木橋の手摺りに肘をつき満月を眺めながら待っていた。
そこで沖田総司から、初めて母を見た時に「一目惚れ」したことを伝えられ、母も同じだったことを話したそうだ。
二人はそのまま町外れの宿屋に泊まり、一晩のあいだ互いのことを熱く語り合い結ばれる。
でも翌日、母が当時の実家へ朝のうちに帰ると、お祖父様から昨日の晩に帰って来なかった理由を問い詰められ、正直に話すと激怒はしなかったものの酷く落胆したのだとか。
お祖父様は沖田総司の人間性や仕事に関しては概ね認めていたのだけれど、診察をしてわかってしまっていたのだ。
沖田総司の余命がそう長くないことを。
それをお祖父様の口から聞いた母は、「何かの間違いではないの?」などと何度も何度も訊いたけど、お祖父様は俯いて首を横に振るばかり。
遂に訊くのをやめた母は、その日の仕事や家事、他の何もかもが手につかず、家の中でただ一人布団にくるまり、悲しみで押し潰されそうになりながら泣き腫らしたそうだ。
お祖父様とお祖母様から会うことを咎められた母は、それでも親の目を盗み家を抜けては何度か会いに行った。
しかし、この恋の結末は言わずもがな上手くはいかず、この恋の行方は突然に終わりを告げる。
近藤勇の妾の屋敷で療養中だった沖田総司は、母に何も伝えることなく忽然と姿を消したのだった。
ただ、沖田総司は一通の手紙を書き残していたらしく、それを近藤勇が大事に預かり数日後に母の手に渡る。
手紙の内容は二行の文章で「突然去ることを許してくれ。貴方と過ごせて幸せだった」とだけ書かれていたらしい。
母は当然のように諦めがつかず、何度もその屋敷に足を運んだけど、屋敷の人は知らぬ存ぜぬを繰り返すだけだったそう。
その数ヶ月後、母は情報通のお祖父様から沖田総司が病気で亡くなったことを知らされる。
丁度その頃、母がわたしの命を授ったことが発覚したそうだ…
と、こんな風に沖田総司と加賀美京子の短く儚い恋愛話を聞いたあと、この二人に負けないような最高の恋をしようと決意したのだ。
わたしの妄想が終わった頃に、真琴さんが元気な顔をして道場にやって来た。
「司様~!お風呂が空きましたのでお知らせに参りました~」
「ありがとうございます真琴さん。それで師匠の背中は流して差し上げたのですかぁ?」
そう言うと真琴さんが顔を赤らめて返す。
「はい!奏様も喜んでくださって幸せでした。あ、もちろん服は来たままでしたので勘違いなされないようお願いしますぅ」
そんなの勘違い致しません。
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