沖田総司の忘れ形見は最高の恋がしたい! 12~13話

沖田総司の忘れ形見は最高の恋がしたい!

[別の意味で飛び交うハート]

「司よ。今のはかなり惜しかった。流石の俺もヒヤリとしたぞ」

 普段は余り人を褒めない人が褒めてくれたけど、汗一つ掻いていない冷んやりした表情で言われてもなぁ…

 嗚呼…また負けてしまった。
 褒められた喜びより負けた悔しさの方が大きい。この人に勝つにはどれほどの修練を積めばいいのだろうか。

 でも…

「3ヶ月も旅して遊んでいたくせに、剣の腕は全く衰えていませんね」

「…それは違うな。旅といっても遊び続けていた訳ではない。急激に文明が進み、いくらか治安も良くなりつつある時代とはいえ、旅の道中はまだまだ危険が伴うものでな…」

 ふ~ん、危険ねぇ。
 普段より饒舌な師匠が話を続ける。

「不慣れな見知らぬ道を歩いていれば盗賊や山賊、果ては侍崩れの流浪人と出くわすこともある。その輩達と真剣を使い命を掛けてやり合う実戦というのはな。普段一人で修練するより遥かに己を成長させてくれるのだよ」

 うわぁ、この人まだ強くなるつもりなんだぁ…

 師匠は現在32歳で剣の腕は熟練の領域に達し、これ以上は強くならないだろうと勝手に決めつけていたわたしは軽く衝撃を受けていた。

「へ、へ~。それは良い経験をされましたねぇ。ついでに人格も成長出来れば言うこと無しだと思いますけど?」

「ハッハッハッ!もう俺の人格はとうの昔に出来上がってしまっている。弟子よ、無茶を言うなハッハッハッ!」

 身から出た錆で旅から帰ったというのに頭を掻きながら平然と笑ってられるとは…どうやらこの人の人格的な成長は諦めた方が良さそう。

「奏様~!旅から帰っていらしてたのですねぇ~♡」

 やばい、呼び掛けの後尾にハートマークが見える。
 真琴さんが道場に来るや否や師匠に駆け寄った。

「よ~真琴!かね…急な用事があってつい今しがた帰って来たところだ」

 この男、いま「金が無くなって」などと口にしようとしたな。お願いしますよ師匠ぉ]

 もう見慣れてしまった光景だけれど、師匠が飼い犬を愛でるかのように真琴さんの頭を撫でている。

 師匠は笑顔で楽しげに、真琴さんは顔を赤らめ嬉しそうな顔全開で、二人の間にはピンクのハトならぬハートが浮いているようにさえ見えた。

 だが、不思議と言うか滑稽とでも言うのか、この二人は恋人として付き合ってはいない。

 真琴さんが師匠を好いていることは、訊かずともその様子からして誰の目から見ても明白。
 なのだけど…師匠の顔は可愛い妹と接する兄の顔にしか見えず、それを察している健気な真琴さんは関係が崩れるのを恐れ、ずっと告白を出来ないでいるのだった。
 儚い恋ですね、真琴さん…

[17歳の少女]

「真琴さん、師匠は長旅でお疲れのようなのでお風呂を沸かしてください。ついでに背中を流して差し上たら良いですよ」

 くぅ~!わたしって粋なことを思いつくわねぇ。

「あ、はい!畏まりました」

「いや、俺はまだ風呂は結構だ。そんなに疲れても汗を掻いてもいない。それにまだ稽古の途中だしな」

 くっ、この単細胞め~。黙って言う通りにしなさいよ。

「わたしの稽古は終わりで構いません。どうかごゆっくりしてください」

 師匠がはてな顔をして答える。

「そうか、残念だな。久しい稽古だからもっと鍛えてやりたかったんだが、司にやる気が無いのであれば仕方がない」

 おっ、意外にあっさりと引き下がったな。よしよし…

「では、お風呂係の勘蔵さんに伝えて来ます!」

 そう言って真琴さんは道場を出て屋敷へと向かう。
 風呂係をしているのは佐田勘蔵(さたかんぞう)さんといって、他にも屋敷外部の修繕や清掃などもするベテランの使用人だ。

「司よ。まだ風呂が沸くまで時間があるぞ。それまでは稽古を続けようじゃないか」

 今日は全く勝てる気がしないけれど、実践形式の稽古は本当にわたしの良い糧になる。

「それは望むところですよ!」

 こうして風呂が沸くまでのあいだ、ビシバシと稽古をつけてもらったけれど、
風呂が湧く前にもう足腰に限界が来そうなくらいヘトヘトになってしまった。

 さっき師匠が話していた盗賊や流浪人との命懸けの実戦を経たことにより、強かった化け物が、よりを掛けて化け物になって帰って来たようである。

「どうした司。もう動けなくなったのか?情けないねぇ。そんなことじゃいつまで経っても俺には勝てんぞ」

 うるさいわねぇ…「相手は17歳の少女だぞ!」などと言うつもりは毛頭ない。でも、この圧倒的な体格差は大きなハンデであるとは思う。

 このまま良い気にさせておくのも何だか腹が立つし…先週習得したばかりの特別な技を見せてビックリさせてやろうか…などと考えていると。

「奏様~!お風呂の準備が出来ました~。どうぞお入りください。あとでお背中を流させていただきますので…あれっ!?司様!?そんなにお疲れになって大丈夫ですか?」

 真琴さんがわたしの疲れきった姿を見て驚いている。

「し、心配は無用です。真琴さん。その、今度こそ汗臭くなった師匠を連れて行ってください」

 そう、確かにわたしは疲労でヘトヘトだったけど、師匠も大量の汗を掻いて息も少し上がっていたのだ。

 この化け物に善戦して疲れさせたということは、それだけわたしも化け物じみた強さだという証明になる。「誰が化け物じゃ~い!」と、一人でボケツッコミをする今日この頃。

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