「その帰ってきた理由は聞かなかったことにしておきます!わたしの家族には別の都合があって帰ったことにしてください。特に真琴さんには」
家族に事実をそのまま伝えてしまえば、いくら師匠がわたしの家族と親密な間柄であろうと、流石に軽蔑されるかも知れない。
それと、勢いでつい口を滑らしちゃったなぁ….
「そうか。やはり真実は語らず伏せておくべきかな…ところで、なぜ真琴に隠さねばならんのだ?」
あちゃ~、やっぱりそう来ましたか。剣における勘はともかく対人との会話では勘の鈍い師匠でも、念押しされれば流石に気付いちゃいますよねぇ…ここは上手く誤魔化しておくか!
「深い意味は無いですよ。使用人にわたしの師匠がこんなだらしない人だと想われるのが嫌なだけです!」
どうだ!上手くいったのでは?
「なるほどな。確かに加賀美家の一人娘にして天才剣士の加賀美司。その師匠が金銭にだらしない男とあっては、世間の評判は目に見えて悪くなるやも知れないな~…うむ、しかし尊敬すべき師匠に対して『だらしない』とは…司も言うようになったものだ。フフフ」
「『フフフ』じゃないですよ。師匠…」
本当にこの人は、剣の腕前と顔くらいしか取り柄がないのだろうか。まぁ悪い人では無いのだけれど、私生活のだらしのなさが剣の腕前と顔の良さを相殺してしまっている。
真琴さんはこの男のどこに惚れているのだろう?
「良かろう!加賀美家の方々には足を怪我して戻って来るしかなかったと言おうではないか!」
いや、全然怪我してないし、どう見ても健康体じゃないですか!無駄に迫力出して話すのもやめて欲しい。
「師匠、それには無理があるので却下します。こうしましょう。わたしが悪漢に付き纏われて身の危険を感じたから、師匠を急遽呼び戻して撃退したという事にしておきましょう。それで良いですね?」
これなら「その悪漢はどうした?」と家族の人間に訊かれても、悪漢は逃げ出してしまい誰かは分からないと言えば辻褄が合うんじゃないかなぁ。
「相分かった。そのように話を合わせておこうではないか。では司よ。久しく剣の稽古でもつけてやろうと思うのだがどうだ?」
「おっ!良いですねぇ。それは願ったり叶ったりというものですよ」
師匠に剣の稽古をつけてもらうのは実に半年ぶりくらいだろうか…
稽古はいつも実戦を踏まえた試合形式で行う。
しかし、わたしの天才的な剣の腕をもってしても、師匠には未だかつて一度たりとも勝ったことが無かった。
師匠の剣の腕前は本物なのである。
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