お茶を飲んだあとは、10歳の頃から今日まで一日足りとも欠かした事のない剣の修行が待っている。
道場を建てる前は屋敷の外にある庭で行い、雨の日は部屋の中で出来る限りの修練を重ねて来た。
わたしが剣の道を極めたいと想い始めたのは9歳の時…あれはつんざくような蝉の鳴き声が響く暑い夏の日。
母が街外れの友人の屋敷へ暑中見舞いを届けに行くと言い出し、たまたま人力車が出払っていた為に二人で手を繋ぎながら林の道を歩いていると、目の前に突如として五人組の盗賊が現れた。
盗賊達が刀やナタなどの武器を手に持ちジリジリと距離を縮めて一気に襲い掛からんとしたその時!
横の林から侍のような格好をした一人の剣士が颯爽と現れ、盗賊達をあっという間に蹴散らして退散させた。
その時の剣士こそ、わたしに剣を教えてくれた師匠である奏十四郎(かなでとうしろう)。
わたしはこの師匠に憧れて剣を極めようと志したのだった。
「…って!?何で師匠がここにいるんですかっ?」
わたしが妄想に耽りながら歩いて道場に着くと、ここに居ないはずの真っ直ぐな長髪で意外?に端正な顔立ちをしている奏十四郎その人の姿があった。
「ん?いちゃ悪いか?加賀美家の屋敷は出入り自由の筈だが?」
確かに盗賊の一件以来、師匠は加賀美家と時を重ねるごとに親密な関係になって行き、屋敷の出入りは全て顔パス可能で自由になっている。
いやそうじゃなくて…
「『一年ほど旅してくる』と言い放って三ヶ月前に屋敷を出て行ったばかりじゃないですか!」
師匠は加賀美家の警備や用心棒的な役割を担っている。だから、旅に出ると言い出した時に家族総出で引き止めたのだけれど、お祖父様に「日本一周は私の夢なのです。一年だけ暇をください」と言って屋敷を出て行ったのだ。
「うむ、司の言う通りなのだがそうもいかなくなってな」
えっ!?師匠が真剣な顔で話しているという事は、加賀美家に一大事があってお祖父様に引き戻されたのかも知れない…
「夢だった旅を途中で諦めて帰るほどの一大事でもあったのですか?」
師匠は正座したまま目を閉じ何やら思案を始め、考えがまとまったのか「カッ!」と目を開き言い放つ!
「旅の途中で京都の町に辿り着き、三日三晩遊んでいると旅の資金が無くなってしまい、泣く泣く旅を諦めて帰って来た次第だ!」
…ほうほう、普通の人なら恥ずかしくて言えないような話を、そんな真剣な顔でしかも堂々と…
「わたしにそんな話を良くもまあ言えたものですね。師匠」
凍るほどの冷ややかな目をして睨みつける。
「うっ…すまん」
謝っちゃったよこの人。
もしかしたら、堂々とした態度を貫けば許されるとでも思っていたのだろうか?
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