[イメージが変わる]
「謝らなくても良いですよワッパさん。僕らは全然気にしていませんから。ね、紗理っち」
「もちろんです。ワッパさんの妙薬があったからリンさんやわたしの体調が良くなったんですから」
わたしと久慈さんがそう言うと、ワッパさんの表情が明るくなった気がした。
「二人とも良いやつだな…おっ!そうだ。先週出来たばかりの妙薬があるけど持って行かないかい?」
単に二日酔いの薬では無く貴重な万能薬であることが分かった今、欲しいのは欲しいのだけれど心配なことがある。
「ワッパさん、妙薬に副作用とかはないんでしょうか?身体に何らかの異変が起こるとか?」
「身体に異変が起こったというのは無いね…人間の作る薬よりよっぽど安全だと思うよ。妙薬の素材は同じ河童にしか教えられないけど、全て自然にある物を使用して調合してあるからね」
そう言われるとごもっとも。でも万能薬を作り出してしまうなんて人間よりよっぽどすごいような気がする。
「遠慮はいらないから二人とも手を出して」
わたし達が両手を前に差し出すと、ワッパさんが巾着袋の中から河童の妙薬を取り出し、一人10粒ずつ掌に乗せてくれた。
「もう、説明したから分かってると思うけど、この妙薬はすごく貴重な物だ。1年に100粒くらいしか作れないから大事にしてくれよ」
「はい!大事に使わせていただきます!」
「ありがとうございます。ワッパさん」
この新しい妙薬は二日酔い如きで飲まないようにしなきゃ。
いつものようにキュウリを食べに来ただけなのに、突然現れたわたし達にちゃんと応対してくれた上、河童の妙薬までくれるなんて…いつか何等かの形でお礼をしなければ。
「俺っちは腹が減って死にそうだ。そろそろキュウリ畑に行かせてもらうよ。じゃあまたいつか」
ワッパさんは颯爽と走って暗闇の中へと消えて行った。
「わたし今日で河童のイメージが随分と変わりました」
「あ、それ分かる。河童は有名な妖怪だから結構知ってるけど、ワッパさんと触れ合うと変わっちゃうよね」
気が付けばもう辺りはすっかり暗くなっている。
わたし達はやしあか農園を出て事務所へ向かった。
その途中で保管倉庫の明かりがまだ灯っていることに気付く。
「久慈さん、あの二人が忙しいのって、確か倉庫担当者が病気で休んでるからでしたよね?」
「うん、そうだけど。それがどうかしたの?」
「わたし、この河童の妙薬を分けてあげたいんですけど」
「そっかそっか!これ飲めばその人が治るかも知れないもんね。それだったら僕のを半分渡して来るよ」
「あ、いえ、わたしのを…」
「良いって、僕は酒呑童子の影響で10年以上も風邪すらひかないんだから」
[喜ぶ二人]
結局、二人で話し合った結果、渡すなら久慈さんの分を渡すという結論に至って保管倉庫の事務室に行った。
事務室の中ではボウさんとシラユキさんが、先ほどと同じように作業をしている。
ガラス窓の外側から二人で覗いていると、海坊主のボウさんがこちらに気付きガラス窓を開けてくれた。
「おう!二人ともまだ帰ってなかったのか?」
「ちょっと野暮用があってですね…ボウさんちょっと良いですか?」
久慈さんがそう訊くとボウさんが不思議そうな表情になる。
「ん、なんだ?」
「これ、河童の妙薬って云うんです。良かったら病気で休んでる人に飲ませてあげてください」
ガラス窓のサッシ越しに久慈さんが妙薬をボウさんに差し出す。
「河童の妙薬…ってあれか!?ワッパが作ってるってのは噂で聞いたことがあったが…本当にあったんだな」
あっ!そうか。ワッパさんが園長かリンさんにしか渡したことが無いって言ってたから、河童の妙薬を実際に見ていない妖怪もいるのか。
「これを飲めば病気も治るかも知れません」
「本当に良いのか?これって貴重な薬なんだろ?」
「それは貴重ですけど、僕が持っているよりボウさん達に渡した方が役立ちそうなので。でも最初に思い付いたのは紗理っちなんですよ」
「あ、いえいえ。わたしはたまたま思い付いただけなので」
わたしがそう言ったあとでボウさんの顔を見ると、いつに間にか目に涙が滲んでいた。
「ありがとな二人とも。感謝する…お~い、シラユキ~!ちょっとこっちに来てくれ!」
ボウさんがシラユキさんを呼びと、作業の手を止めてこちらにやって来た。
「どうしたの?ボウ。まだ仕事が終わってないのだけれど…あら、久慈っちと紗理っちが来てたのね」
シラユキさんは仕事に没頭してわたし達が訪れたことを知らなかったらしい。
「この二人から河童の妙薬という薬を貰ったよ。これでアイツの病気が治るかも知れないぞ」
「本当に!ありがとう。何だか今日は二人にはお世話になりっぱなしで申し訳ないわね」
「ハハハ、そんな。困った時はお互い様ですから気にしないでください」
「そうですそうです。わたし達に出来ることなら何でもしますよ。今からでも手伝えることがあれば何でも言ってください」
わたしがそう手伝いを申し出ると、ボウさんが涙を吹いて話し出す。
「いやぁ、流石にそこまでは頼めない。それに、もう少ししたら今日は引き上げようって二人で話してたんだ。折角貰ったこの妙薬を早くアイツに飲ませてやりたいしな」
「そうですか…じゃあ僕らはこれで帰りますね。お疲れ様でした」
「ああ、お疲れさん!二人とも今日は本当にありがとな!」
ボウさんとシラユキさんは笑顔を見せて本当に喜んでくれた。
そのあとわたし達は保管倉庫を出て事務所に戻り、久慈さんがわたしを駅まで送ってくれたのだった。
[黒い天使]
街の駅に着き電車から降りて、暗い夜道の中を自転車に乗って帰る。
いつも通る河原の道に差し掛かると、昨日ラズに出逢った時のことを想いだした。
「ニャーニャー」鳴きながら歩いて来たあの姿は黒いけど天使のようだったなぁ…わたしの天使に早く会いたい!
ラズに会いたい気持ちが急激に溢れ出し、ペダルを漕ぐ足に力を加えスピードを上げた。
家に着いて玄関に自転車を入れる。
「ただいま~!」
「「「お帰り~!」」」
うちの家族はダイニングキッチンに全員揃っているようだ。
靴を抜ぎ廊下に上がろうとすると…
「ニャァ、ニャァ、ニャァ」
なんということでしょう!可愛い鳴き声を発しながら、心許ない歩き方の天使ちゃんが歩み寄って来るではありませんか!
うわぁ~、見ているだけでとろけてしまいそう。
手の届く距離まで来たラズ抱き上げて、その頬にわたしの頬をくっつけウリウリする。
「ただいま~ラズ♪元気にしてたぁ?」
「ニャァ」
もう今夜はこのまま離したくない!
という訳にもいかないので、のんびりしていた弟の真に一度預け、リュックを部屋に置いたあと夕飯を食べることにした。
家族の三人は先に食べ終わっていて、母がテーブルを片付けながら話し掛けてくる。
「今日は帰りが遅かったわねぇ。仕事が終わらなかったの?」
母の準備してくれた料理を食べながら質問に答えようとするけれど、河童のワッパさんに会って妙薬を貰ったという話しは絶対に出来ない。どうしようか…
「ん~…行ったことの無かったやしあか農園を先輩に見せて貰って、保管倉庫の人達の手伝いをしていたら遅くなっちゃった。ごねんねぇ」
嘘をつくのは苦手だし、後ろめたい気持ちになるのも嫌だったので、本当のことをだいぶ端折って答えた。
「…ふ~ん、そうだったのね」
感の鋭い母は、わたしの顔を見て何かに気付いたようだったけど、それ以上突っ込んで訊いて来なかった。
ここは話題を変えちゃおう!
「お母さん、今日ラズに変わったこととか無かった?」
「そうねぇ…動物病院の人がこの子は頭が良いって褒めてくれたわよ」
ほうほう、ラズ君は頭が良いのか。動物病院の人が言うなら間違いないでしょ。
「それと猫じゃらしを買って来てあるから、あとで遊んであげるといいわ」
「さすがお母さん!ありがとう!」
よ~し、お風呂を早く済ませてたっぷり遊ぶぞ~!っん!?
さっきまで椅子に座りラズを抱いていた弟の真が、カラフルな猫じゃらしを使ってラズと楽しそうに戯れている。
「何してるの真!わたしの楽しみを奪わないでよ~」
「いいじゃないかこれくらい。な!ラズ」
まあ、家族がラズと遊んでくれるのは喜ばしいことでもあるし、良しとしておくかぁ。
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