やしあか動物園の妖しい日常 83~85話

やしあか動物園の妖しい日常

[やしあか農園]

 保管倉庫を出て本日最後の給餌まで済ませた頃には日が暮れ始めていた。

 事務所へ向かう戻り道の途中で、久慈さんにやしあか農園について訊いてみる。

「あの、昼休みに園長から訊いたやしあか農園なんですけど、何処にあるのか知ってます?」

 久慈さんがなぜか不思議そうな顔をした。

「保管倉庫へ行った時に気付かなかったかい?やしあか農園は保管倉庫の横にあるよ」

 げっ!?なんたること。保管倉庫ばかりに目が行って全然気付かなかった…

「そ、そうだったんですね。想っていたより随分と身近なところにあったんだぁ」

「もしかして、今日ワッパさんに会おうとしてる?」

「そのつもりです。折角園長に教えてもらったので」

 本当は急いで会う必要は無いんだけれど。興味が湧くとジッとしていられないのがわたしの性分。

「ん~、ちょっと暗くなって来てるしなぁ。紗理っち一人じゃ心配だから僕も付き合うよ」

「良いんですか!?ありがとうございます」

 本当は心の奥ではそう言ってくれることを期待してました~すみません。

「じゃあ、タイムカードを押したあとで一緒に行こうか」

「はい!お願いします!」

 こうして事務所に着き、帰り支度をしてタイムカードを押したあと、備品の懐中電灯を手に持って久慈さんと一緒にやしあか農園へ向かった。

「やっぱりだいぶ暗くなっちゃいましたねぇ」

「ああ、そうだね。明かりを点けて行こうか」

 やしあか農園の場所はすぐ近くだし、まだ明かりが無くても行けそうな気がしたけれど、足下が心配になり二人とも懐中電灯の明かりを点けて歩く。

 途中で保管倉庫が開いていたので中を覗くと、倉庫内の事務室の明かりがまだ灯っていて、ボウさんとシラユキさんが事務作業をしていた。

「残業するほど忙しかったんですね。ボウさんとシラユキさん」

「…本当はあと一人、倉庫管理の担当者が居るんだけど、昨日から病気に掛かって寝込んでいるらしい。それで僕らが応援に駆り出されたという訳さ」

 えっ!?妖怪も病気に掛かることがあるんだ!?

「病気って何の病気ですか?」

「あ、ごめん。僕もリンさんから病気という事しか聞いてない」

 そんな話をしていると保管倉庫を通り過ぎ、目的のやしあか農園に到着した。

 保管倉庫のすぐ横辺りから金網のフェンスが張られていて、入り口には[やしあか農園]の看板が掲げられている。

「あれっ!?これって入り口にカギが掛かっているんじゃないですか?」

「大丈夫、ここは年中解放されているよ。フェンスは動物園に来る子供たちが迷い込まないように設置してあるだけ」

 まぁ、外部からやしあか動物園に野菜泥棒に入る人は居ないとは思う。

[河童のワッパさん]

 やしあか農園の看板下にある木製のドアが入り口になっていて、そこから鍵の掛かっていないドアを開けて二人一緒に堂々と入る。

 日中なら目の前には野菜の植えられた畑や、果物のなる木が見えるはずなのだけれど、今は暗くてその影のような形しか確認できない。

「久慈さん、キュウリ畑の場所って分かります?」

「…………………….」

 あれ!?返事が無い。もしかして…

「…ごめん。キュウリ畑の場所を忘れちゃったみたいだ。明るければ思い出せるんだけど…随分と久しぶりに来たからなぁ」

 アウチ!でも久慈さんを責める気は毛頭ありません。
 さて、どうしたものか…

「あっ!この入り口で待っていれば、ワッパさんと鉢合わる事が出来るのでは?」

「…ん~、良い考えなんだけど、それだとワッパさんがフェンスを超えて出入りした場合は会えないね」

 そうかぁ、妖怪だもんなぁ。フェンスなんか余裕で超えられるかも知れない。
 ならば…

「試しに呼んでみましょうか?今なら昼間より声が届きそうですよね」

「あ、ああ。それは構わないけど….」

 よし!ありったけの声を張り上げて呼んでみよう!

「河童のワッパさーーーん!もし、近くに居たら出て来てもらえませんかーーーっ!」

 広い農園にわたしの声が響き渡る。
 暫く待つもワッパさんは出て来ない…と思ったその時!

「呼んだ~」

「ひぃえっ!?」

「うぉをっ!?」

 突如として後ろから声が聞こえ二人とも変な悲鳴を上げて驚いた。

 二人同時にゆっくり後ろを振り向くと。

「きゃっ!?」
 
 今度はわたし一人だけが驚く。
 目の前に妖怪そのままの姿をした河童が居たからだ。身体が水でびしょびしょの…

「ワッパさんお久しぶりです」

 面識のあった久慈さんが驚かずに声を掛ける。

「やあ久慈っち。久しぶりだね~。そっちは新人の紗理っちかな?」

「そうです!初めましてワッパさん!」

 よ、よ~し!少し落ち着いて来たぞぉ。
 ワッパさんには失礼かも知れないけれど、薄暗いところでまんまの妖怪の姿はインパクトありありで怖かったのだ。

「今からキュウリを食べたいところなんだが、俺っちを呼んだと言うことは何か用事でもあるのかい?」

 あ、忙しければ別に…いや、滅多に無い機会だろうから訊いておこう。

「あのぉ、突然の質問で申し訳ありません。このあいだ[河童の妙薬]と云うのを飲んだんですけど、あれって二日酔いの薬なんでしょうか?」

「なにっ!?あれを飲んだって言うのかい?」

 なんだなんだそのリアクション!?やっぱり飲んだらまずかったの?

「は、はい。飲みましたけど何か問題でもあったんでしょうか?」

 正直なところ、わたしの心は心配で埋め尽くされていた。

[ちょっと良い話]

 ワッパさんが苛立ちを隠そうとずに話す。

「あの妙薬は全ての病気に効果を発揮する万能薬なんだぞ!二日酔いくらいで容易く呑むような薬じゃない!すごく貴重なのにーっ!」

 えーーーっ!?もしかして怒ってらっしゃる?こんな展開予想してなかったーっ!?一昨日天邪鬼のアマノさんに叱られたばかりなのにぃ…

「ワッパさんワッパさん!彼女は全然悪くありません!悪いのは僕なんですよ」

「なにっ!?」

 ふぅ、久慈さんがフォローしてくれたお陰で風向きが変わりそう。

「僕も妙薬を貰った時に二日酔いに効く薬だということしか聞かされてなかったんです」

「ん!?…久慈っちは妙薬を誰に貰ったんだい?」

「ああえっと………」

 久慈さんはその問いに答えず下を向き黙り込んでしまった。[河童の妙薬]をくれた相手を思ってのことだろう。

 そんな久慈さんをギョロっとした目で見ながら、表情が柔らかくなったようなワッパさんが口を開く。

「フン!どうせリンのやつなんだろ。俺っちが妙薬を渡したことのある相手は園長とリンくらいのもんだからな…おろっ!?…」

 今度はワッパさんが黙り込んでしまい、急にばつが悪くなったような様子。
 ここは突っ込んで訊いてみようか。

「リンさんのことで何か思い出したんですか?ワッパさん」

「い、いや、あれだ。リンに妙薬を渡した時のことを少し思いだしてね…」

 おやおやおやぁ。もしかしてワッパさん、都合の悪いことを思い出して自爆モードに入ってませんかぁ?ここはそれに乗じて更に突っ込んで訊いてみましょう。

「ぜ、是非その思い出したことを教えてください」

 俯いていた久慈さんも興味を示してワッパさんを注視していた。

 わたし達二人にジッと見られ、観念したのかゆっくりと話し出す。

「…何年か前に一度だけ、リンのやつと二人きりでザエモンのカクテルバーへ呑みに行ったことがあってね。その時のあいつはストレスが溜まっていたんだろうなぁ、酒を浴びるように呑んでいたよ。俺っちは控えるように言ったんだけど、あいつは変わらず酒を呑み続けてそのうち突然ぶっ倒れた。たぶん急性なんちゃらってやつだったんだろうね。俺っちは慌てて妙薬を取り出して、リンの口に無理やり詰め込んだんだ…」

 このあいだわたしとリンさんとコウさんの三人で呑んだばかり、ワッパさんの話しの内容は容易に想像することが出来た。

「それで真っ青だったリンの顔は元に戻って回復したんだけど、あいつのことが心配でその時に持っていた妙薬を全部渡したんだった…とどのつまり、妙薬を二日酔いに効く薬だと勘違いさせた原因は俺っちだったのかも…ごめん、悪かったね二人とも」

 なんだ、リンさんのためにした良い話じゃ無いですか。優しい河童なんだなぁ、ワッパさん。

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