[唐揚げ&餃子&豚汁]
「ご馳走様」
わたし達が日替わり定食を食べ始める前に、普段は表情の変化に乏しい園長が満足そうな顔をして天ぷら定食を食べ終わった。
「わたしは用事があるので先に失礼しますよ」
「あ、はい。ワッパさんの件はありがとうございました」
園長は足早に部屋を出て行った。きっと多忙なのだろう。
それはさておき、好都合?なことに園長も居なくなり、存分に楽しめる待ってましたのランチタイム!
本日の日替わり定食は、メインは唐揚げ、サブで餃子付きという異色の組み合わせ。
昨日食べれなかった分も楽しむぞ~。
「いただきます!」
まずは味噌汁から…おわっ!お椀の蓋を開けて現れたのは具だくさんの豚汁!
さてさて、汁のお味は…
「んま~い」
豚の脂の旨味がほど良く出ていて、最初は濃厚だけどサッと味がひいて行きしつこくない。
中の具材は、ごぼう、大根、にんじん、長ねぎ、こんにゃく、そして主役の豚肉。
まとめて口にせず一つ一つ取って食べる。それぞれの具材が特徴のある味で舌を楽しませてくれる。
お次はメインの唐揚げいってみますか。
添えられているレモンはあとで試すとして、素の唐揚げを一つ取り噛り付く。
カリッと音が聴こえるほどのナイスな食感。
味もしょうがとにんにくがバランス良く混在し、ジューシーな鶏肉と合流して堪らなく美味しい!
そこへ、いつも炊き加減が抜群の白飯を投入する。モグモグモグ。
「まひがひなひ」
口に食べ物が入った状態で喋ってはいけないのがマナーと言うもの。でも無意識で口に出たのだから仕方ない。
今度はレモンをかけてみますよ~。程よい大きさにカットしてあるレモンを手に取り、唐揚げの一つにジュッと絞って汁を垂らす。
そのレモンの汁を見ていると、うめぼしを見たり想像した時のように口の中に唾液が充満して行く。
レモン汁のかかった唐揚げをガブリ!
おお!濃いめの味付けに柑橘系のサッパリ感が上手くマッチして、素の唐揚げとは違う味わい。
順番的に最後になったけれど、見た目からしていい感じに焼けているサブの餃子を食べてみよう。
やしあか食堂から提供される料理に手抜きは無い。もちろんこれも手作りに違いなく期待が持てる。
箸で一つ取り、ラー油の入った小皿にチョンと付けて口に運んだ。
外側の皮は唐揚げと同じカリッと系だけれど質感と味が全然違う。
中にはニラ、キャベツ、ひき肉がこれまたバランス混ざり合い、わたしの口の中で素晴らしい味を展開する。サブの一品でこれだもんなぁ…
こうしてわたしは良い意味でお花畑な思考状態になり、日替わり定食を堪能したのだった。
[それで良いのか!?]
「ズズズズズ…ふはぁ~」
最後に残った豚汁を飲み干し、お膳に箸をゆっくりと置く。
「ご馳走様でした~。今日もやしあか食堂に感謝!満足満足~」
ずっと横にいながらほとんど話をしていない久慈さんがスマホをいじりながら口を開く。
「紗理っちみたいに料理を食べる人はあまり居ないだろうね」
「えっと、それは良い意味で、ですよね?」
「ハハハ、もちろんそうだよ。見ていて気持ちが良い食べっぷりだし、大食いって訳でも無いから」
「食べっぷりが良い」と言う言葉は友人にも良く言われてたなぁ。
そう言えば最近、学生時代の友達と休みが合わなくて遊んでない。疎遠になってしまうのもなんだし、そのうち連絡してみるかな。
同じ部屋で食後の休憩をしていると、久慈さんのスマホが突然鳴り出し、画面を見たあと慌てて外に出て行った。
誰かから電話が掛かって来たのかはわかるけれど、今まで見たことのない慌てよう。ひょっとしたら例の相手からかも…
暫くして喜びが顔に出まくっている久慈さんが部屋に戻って来た。
十中八九、例の人からの電話だな。しかも吉報だったに違いない。これは訊いて上げるべきなのではないだろうか。
「久慈さん、誰からの電話だったんです?」
「…今朝話した人からだったよ。直ぐに異性としては見れないけど、友達関係は続けたいんだってさ」
えっ!?いやいやいやちょっと待て久慈公彦。
そんなことでそんな顔をして喜んで良いのか!?
いま聞いた内容からすると「都合の良い男でいてね」と言われただけのような気がするよ~。
「久慈さんはそれで良いんですか?」
「良いに決まってるじゃないか。『今は異性として見れない』と言ってくれたんだ。だから先では異性として見れるかも知れないって事でしょ。しかも友達関係は続けられるしね」
…そのパターンで上手くいく確率ってどれくらいなんだろう。まぁ、あとで痛い目に合わなきゃ良いけど、取り敢えず久慈さんが元気ならそれで良いかな…
「わたしは久慈さんが上手く行くことをを心から願ってますよ」
「そう言ってもらえて嬉しいよ」
わたしの目には完全に浮き足立っているようにしか見えなかった。
久慈さんにとっては超ハッピーな休憩時間が終わり、いつもなら担当コーナーのお客さんへの説明に行くのだけれど、今日は飼料や野菜を保管している倉庫の手伝いがあるらしい。
保管倉庫は事務所からかなり近くの場所にあり、普通に歩いてたった1分ほどしか掛からない。
わたし達はその大きな保管倉庫の中へと入って行った。
[海坊主のボウさん]
保管倉庫内にあるプレハブ造りで六畳ほどの事務室に行くと、二人の倉庫管理担当者が慌ただしく事務作業をしているのが見える。
一人は面識のある雪女のシラユキさんだと直ぐに分かった。
もう一人は会ったことのない男性で、ボディービルダーを彷彿とさせる体格をしており、身長は優に2mを超えているだろう。ビッグフットのように大きい人だなぁ…
久慈さんが男性の方に慣れた感じで声を掛けた。
「お疲れ様です!今朝、リンさんに指示を受けて応援に来ました」
「おお!久慈っちに…君は紗理っちだな。オレは海坊主のボウだ!よろしく頼む!」
熱血漢的なイメージのボウさん。でも海坊主って確か海に突如現れて、漁民を襲ったりする巨人の妖怪じゃなかったっけ?…
ボウさんがわたしに握手を求め規格外の大きい手を差し出して来る。
「こちらこそよろしくお願いします」
その手は驚くほど大きく、わたしの小さい手ではボウさんの手の半分しか握れなかった。
作業を続けていたシラユキさんがこちらに気付き、デスクの上からクリップボードを取ってこちらに駆け寄って来る。
「二人とも来てくれてありがとう。急ぎで申し訳ないんだけど、あそこからスタートして、倉庫内の飼料と野菜の数を当たってこれに記入して欲しいの」
シラユキさんが申し訳なさそうな顔をして久慈さんにクリップボードを手渡した。
「数を当たれば良いんですね。了解しました。じゃあ早速始めます」
シラユキさんから指示を受けた場所から作業を始めて行く。
久慈さんが飼料や野菜の数を当たって読み上げ、わたしがそれをクリップボードに挟んである用紙に記入する流れ。もちろん、手の空いている時はわたしも数を当たって記入しながら進めた。
集中して黙々と作業をしたけれど、思いのほか時間が掛かってしまい全部終わった頃には夕方になっていた。
倉庫の事務室に戻り、事務作業をしながら待っていたボウさん達に久慈さんが報告する。
「ボウさん、シラユキさん、やっと作業の方が終わりました。思っていたより時間が掛かってしまって申し訳ないです」
そう言ってシラユキさんにクリップボードを手渡した。
「ううん、そんなことはないわ。この倉庫は広くて保管している物も多いから数を数えるだけでも大変なのよ。二人ともありがとう、本当に助かったわ」
シラユキさんはニッコリとしてそう言ってくれた。
求めてはいけないとは思うけど、やっぱり感謝の言葉を掛けられると気持ちが良い。
「おう!そうだな。二人のお陰でこちらの作業を順調に進めることが出来た。おっ!そうだ。今度4人でザエモンのカクテルバーで呑もうぜ。もちろんオレの奢りだ!」
最初はボウさんの申し出を遠慮していた久慈さんだったけれど、最後には押し切られたような形になり、来週のどこかで呑みに行くことが決定した。
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