やしあか動物園の妖しい日常 77~79話 

やしあか動物園の妖しい日常

[不自然に動く水草]

 担当動物コーナーから事務所までの道を歩くと、右手に一つの小さな池が見える。
 その池の前を通る際にふと[河童の妙薬]のことを思い出した。

「久慈さん、池掃除担当の河童のワッパさんて確か園内のどこかの池にいるんでしたよね?」

「ああそうだよ。今朝はそこの池に居るみたいだ」

「えっ!?そこですか?」

 言われて池に目をやって全体的に見渡したけれど、河童の姿をした生き物はどこにも見当たらない。

「もうお客さんが園内に入場してるからあんまりジロジロ見ちゃ駄目だ。指差す訳にもいかないから、僕の目線の先をそっと見てみて、水面に浮かぶ水草の一つだけがス~ッと動いてるのが分かると思うよ」

「わかりました。久慈さんの目線の先ですね」

 言われた通りの場所を見てみると…

「あっ!」

 確かに一つだけ不自然にス~ッと動く水草を見つけて思わず声を上げてしう。幸い近くにはお客さんが居なくて助かった。

「す、すみません。大きな声を上げてしまって。あの下でワッパさんが泳いでるんですか?」

「うんだと思うよ。僕もこんな風にリンさんに教わっただけで、実際に泳いでるところは見たことがないんだよ」

 ですよね。池の水中に入るなんてそうそう経験するようなことじゃない。

「わたし会って聞きたいことがあるんですけど、どうやったらワッパさんに会えます?」

「ん、そうだなぁ。動物園が開園しているあいだに会うのは難しいだろうから、タイミング的には閉園したあとだろうけど、ワッパさんがその時どこの池に居るのか知ってないといけないんだよなぁ…」

 聞いているとワッパさんに会うのは簡単ではなさそう。

「久慈さんすみません。難しそうなら別に会う必要はないです。大した用事がある訳でもないので」

 わたしの目的は本当に大した事ではなく、この前飲んだ[河童の妙薬]についてワッパさんに訊きたかっただけだった。水中の家とやらも見てみたいけど…

「そうかい。でもどうしても会いたくなったら、園長か副園長あたりに訊いてみると良いよ」

「ありがとうございます。もし機会があれば園長に訊いてみますね」

 会話が一区切りして池の水面に目を向けても、さっきの動く水草は見当たらなくなっていた。

 事務所に戻り、久慈さんに言われてから密かに考えていたブログの一発目の文章を作る。
 タイトルは「新人飼育員紗理っちの動物大好き日記」。…に決めてしまったけれど、果たしてこれで良かったのだろうか?いや、決めたからにはこれでい行こう!
 悪戦苦闘しながらも愛情を込めて動物達の世話をして行き、その中で知り得た新たな発見と、動物達とわたし自身の成長を書き綴るのだ!

[まさかの園長]

 初めてのブログは、担当している家畜動物の記事から書いて行くことにする。

 記事を書くために事務室にある本で調べた結果、世間で良く知られている牛に関しておもしろいことが分かった。

 なんと、牛の一日の睡眠時間はたったの3時間くらいで、相当な量を食べるその胃袋は4つもあるらしい。
 飼育員として恥ずかしながら今まで知らなかった…
 こんな情報を取り入れながら記事を作り念のため久慈さんに見てもらう。

「うんうん、初めてにしてはなかなか良いんじゃないかな。これで投稿して大丈夫だと思うよ」

「じゃあこれで行っちゃいますね!」

 沢山の「いいね」をもらえるといいなぁと思いつつブログの初投稿を実行した。
 投稿後に時計を見ると既に12時を回っている。示し合わせたかのように、久慈さんとやしあか食堂へ向かう。

 昨日は一般の定食屋で少しがっがりさせられた事もあり、今日のランチはとても楽しみにしていたのだ。

 中に入ってすぐに注文用のメモ紙に日替り定食二つと書く。

「訊くまでもないと思って注文を書いちゃいましたけど、久慈さんも日替りで良かったですよね?」

「もちろん日替りでオッケーだよ」

 今日は双子の猫娘のワラさんとカヤさんの元気に働く姿が見えた。
 近くに居たカヤさんにメモを渡して、いつものように社員用の別室へ移動する。

「えっ!?」

 ドアを開けて中に入ると、そこには想定外の人が座って食事をしていた。
 その食事をしていた人とは、やしあか動物園の経営者にして園長のぬらりひょんこと瀬古修一郎さん。

「お疲れ様です!びっくりしたんですけれど、園長もここで食事をする事があるんですね?」

 これはもう驚きのあまり自然に出てしまった質問。

「二人ともお疲れ様です。黒川さんからすると私がここで食事をするのがそんなにおかしいのかな?」

「あっ、そんなことは無いです…いえ、やっぱりそんなこと有ります。園長がここで食事を摂ることが全くイメージ出来なかったもので…」

 わたしの園長に対するイメージとは、お昼時になると園長室に特別な料理が運ばれ、それを一人でひっそり食べるといったものだった。

「フフフ、黒川さんの私に対するイメージがどのようようなものかは知らないけれど、私はナカさんの作る料理を殊の外好いていてね。月に数回はここに足を運んで食べていますよ」

 そうか、園長も純粋にやしあか食堂の一ファンだったというだけのことか…

「ですよね!わたしもここの料理は初めて食べた時から大好きです」

「フフフ、それは良かった。二人とも遠慮せずそこに座ってください。少し話でもしましょう」

 そう言われてわたしと久慈さんは園長の正面に並んで座った。

[天ぷらを食べながら….]

 お腹が減っているせいか園長の食べている物が気になり、我慢できずおもむろに手元を見てみると。

 げっ!?わたしの好きな天ぷら定食だ。エビや野菜達が衣を羽織るその姿が食欲をそそりまくる。お、美味しそう…

「紗理っち、よだれ」

「えっ!?」

 久慈さんがそっと教えてくれるまでよだれが出ていることに気付いていなかった。慌ててハンカチを取り出し拭き取る。は、恥ずかしいなぁ…

「黒川さんがここに出勤するのは今日で確か4日目ですよね。どうですか?やしあか動物園での仕事の方は」

 園長が天ぷら定食を食べながら仕事の感想を訊いて来る。
 何だかずるいなぁ。わたし達の日替わり定食も早く来ないかなぁ…っと、園長の問いに答えなければ。

「初日は驚きの連続でしたけど今は少し慣れて来ていると思います」
 エビ天を口にした園長が微笑を浮かべている。

「そうですか。慣れてくれて私も嬉しく思いますよ。普通の人間の女性には大変かも知れませんが、あなたは魔女で特別な人間です。きっとこれからもやっていけることでしょう。仕事を楽しみながら頑張ってくださいね」

「はい!頑張ります!」

 と元気よく返事はしたけれど、お腹が減った状態のまま目の前で美味しそうに天ぷらを食べられると、有難い園長の励ましの言葉を聞いても嬉しさ半減といったところだった。

 おっとそうだ!日替わり定食が来た暁には食べることに集中したい。
 先に例の件を訊いてみよう。

「園長、ちょっと訊いても良いでしょうか?」

「…なんなりと」

「河童のワッパさんに会ってみたいんですけど、どうしたら会うことができるのでしょうか?」

「…ほう、ワッパさんにですか…。一番手っ取り早いのはやしあか農園で待つことでしょうね。彼は閉園後にお客さんの姿が見えなくなると、農園で栽培しているキュウリを食べに行っているようですから」

 この動物園には農園まであるのか。今まで聞いた「やしあかシリーズ」は、これで四つ目だ。ひょっとしたまだ出てくのるかも知れない。

「教えていただきありがとうございます。園長」

 あとでやしあか農園の場所を久慈さんに訊いて今日の夕方にでも行ってみよう。

 そんなことを考えていると、ドアをノックする音が聴こえ、わたしお待ちかねの日替わり定食を持ったワラさんとカヤさんが部屋に入って来た。

「お待ちど~!あっ、園長。本日の天ぷら定食の味はどうですか?」

 わたしの日替わり定食をテーブルに置きつつ質問するワラさん。

「最高に美味しかったよ。ナカさんにもそう伝えてください」

「畏まり~!ちゃんと伝えておきまっす!バタバタなんでこれで失礼させてもらいますね~」

 ワラさんは園長にそう言うと、カヤさんと一緒に早々と部屋を出て行った。

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