「司様~!そろそろ起きて朝食を召し上がった方がよろしいかとぉ!」
真琴さんがドアの向こう側からわたしに呼び掛ける。
「ん…もう朝なのね…でももう少し…」
布団の中の心地よさに二度寝を決めこうもうとするわたし。
「司様~!今日は学校に行く日ですよ!」
まだそこに居た真琴さんが再び呼びかけて来た。
…学校…学校!?
そうだ今日は学校のある日だった!
布団からガバッと起きて部屋の壁に掛けられた時計に目を向ける。
いけない!もうこんな時間なの!?
「真琴さん!すぐに支度して来ます!」
「畏まりました!食事の準備は出来ておりますので」
わたしは慌てて着物を羽織り、袴を履いたあとガラス鏡製の鏡台で髪を梳かす。
自分の寝起きの悪さにホトホト愛想を尽かしながら食卓へ向かうと、既に家族が全員揃って朝食は始まっていた。
家族と朝の挨拶を交わして自分の席に座り食べ始めたけれど、時間が無いのでゆっくりと味わっている暇など無い。だから当然、綺麗とは程遠い食べ方になってしまう。
そんなわたしを見兼ねたのか母が口を開く。
「司、はしたない食べ方はお止めなさい」
「…ふぁい、お母様。今後は気をつけます」
早朝から叱られる一幕は日常茶飯事。
慣れっ子になってしまって、ついつい適当な返事をしてしまう。
これではいけないと思ってはいるので、悪い癖はそのうち直して行かないと。
食事を早々に済ませて下駄を履き、鞄を手に持って人力車の待つ場所まで行こうとすると、後ろから真琴さんが必死に走って追いかけて来る。
「待ってくださーい!司様!お弁当!お弁当を忘れてます~!」
あっ!?真琴さん、かたじけない…
ほぼわたし専属の使用人となってしまった真琴さんには迷惑の掛けっぱなし。
「本当にいつもすみません」
「いいえ、これが私のお仕事ですから」
汗をかきながら満面の笑みで返してくれた。良い人だ~。
「それより、俥夫(しゃふ)の伊達さんが待ってますよ」
「そうですね!では行ってきます!」
「行ってらっしゃいませぇ」
俥夫というのは人力車をひく人のことで、通学時は加賀美家専属の俥夫である伊達恒彦(だてつねひこ)さんに送り迎えをしてもらっている。
因みに伊達さんは22歳。強面で恵まれた体つきをしており、性格は猪突猛進という四字熟語がぴったりの真っ直ぐな人。
「伊達さん!お待たせしました!」
「時間がありません。早く乗ってくださいお嬢様」
「はーい!」
「飛ばしますんでしっかり掴まっててください!」
促されて人力車に飛び乗ると、伊達さんのひく人力車が信じられない速さで走り出した。
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