[副園長で天狗のグテンさん]
「おはようございます!久慈さん!」
「…おはよう紗理っちぃ。休み明けだというのに元気だねぇ」
そう言う久慈さんは顔色も悪く少し元気が無いように見える。
もうすぐ朝礼があるから終わった後ででも何かあったのか訊いてみよう。
程なく朝礼が始まり、園長とリンさんそれに今日は珍しく副園長の天狗のグテンさんの姿あった。
リンさんが飼育員に関する連絡事項を述べたあと、副園長が前に出て挨拶する。
「みなさん!お久しぶりです!私は毎日園内の見回りを隈なくさせていただいているのですが、そこでみなさんに大事なご報告があります!」
副園長は歓迎会の司会をやるだけあって、声が大きくハキハキしているのは良いのだけれど、朝からこのテンションはちょっときついかも…でも大事な報告って何だろう。
「ハッキリ言ってみなさんの日頃の働きには感服いたしました!サボるような方は一人も見当たらず。それどころか汗水流して働く姿は美しいとさえ言えます。この副園長ことグテンから、みなさんへ深く感謝申し上げます!」
言い切ったグテンさんはお辞儀をしてその場から下がった。
「良いぞ~グテン副園長!」
「副園長もお疲れ様~!」
そんな声が飛び交い事務室内の全員から拍手が沸き起こる。
ちょっと引きながら一応わたしも拍手に参加した。
まあ、お叱りの報告では無かったから良しとしておきしましょう。
朝礼が終わり久慈さんと担当コーナーへ歩いて向かう。もちろん、清掃と給餌の準備をするためだ。
歩きながら相変わらず元気の無い久慈さんに訊いてみる。
「久慈さん、休みの日に何かあったんですか?少し元気が無いように見えるんですけど…」
「ん、…………..」
げっ!?沈黙ですか!?
いつもなら質問をすると直ぐに返事をしてくれるのに、沈黙で返すなんてらしく無さすぎる。
これは変に追求せず暫く黙っていた方が良いのではなかろうか?
そうして黙ったまま歩いていると。
「あのね…」
おっ!話す気になりましたね!?
「いやぁ、別に話すのは構わないんだけど、朝から話すような内容じゃ『無いよう』とか言ったりしてあははは~」
…その様子から明らかに動揺しているのが分かる。でも、まどろっこしいなぁ~。
「久慈さん、無理はしないでくださいね。別にいつ話してもらっても構わないですから」
「…いや、やっぱり紗理っちも気になるだろうから話しておくよ」
「そ、そうですか…ではどうぞお願いします」
ここで久慈さんがなぜかヘラヘラ顔になる。
「実は昨日、ずっと好きだった人に告白したら振られちゃいました~!テヘッ」
「えっ!?」
あちゃ~、本当に朝から聞く話しでは無かったかぁ…
[失恋話]
さて、どうしたものだろう…人の失恋話を朝早くから聞くのは初めてだ。
いやいや、そんな話しを聞くタイミングなどどうでも良い。突っ込んで訊くべきか、受け流して別の話に持っていくべきか、はたまた相手の出方を待つべきか考える。
「あれっ、突っ込んで訊かないんだね。紗理っち」
訊いて欲しかったんか~い。
「じゃ、じゃあ訊いちゃいますけど相手はどんな人なんです?」
「あ、うん…」
あれあれまた黙っちゃった。ま、まあ、わたしも失恋の経験が無い訳でも無いし、ハートブレイクしていれば情緒不安定になるのも分からないでもない。こんな状態の人を相手に話を聞くならば、きっと急かすのは良くないことだろう。
「………………..」
何とも言えない沈黙が続く。
それに付き合ってジッと堪えるわたし。
「学生の時に飲食店でバイトをしていたんだ。その時に知り合った年上の女性でさ。世話好きな人で僕が新入りだった頃に優しくてくれて、そこから友達みたいな関係に発展したんだけど、気付いたらいつの間にか好きになってたんだよ」
おぅ、打って変わって一気に話してくれてありがとうございます。
「それで昨日、遂に告白したって訳ですね」
「そうなんだよ。友達関係が壊れるのを覚悟でぶつかったら見事に玉砕してしまったんだ」
異性との友情論とか深く考えたことは無いけれど、大抵の場合はどちらも異性として意識しなければ成立して長続きもあり得るというのがわたしの持論。
どちらか一方が異性として興味を持ってしまった場合は、友達関係の維持は難しいのでは?
おっと、わたしの頭が異性との友達関係云々というあらぬ方向に行ってしまった。
「因みにどんな場面で告白したんですか?」
久慈さんが少し吹っ切れて来たみたいなので、興味津々になってしまい訊いてみた。
「えっと、夕方頃に合流して映画を観に行ってから、ラーメン屋で二人してラーメン食べ終わったあとにその場で告白したんだよ」
「へ、へ~ラーメン屋で…」
別に婚約指輪を渡す訳では無いからそこまで場所にこだわる必要は無いけれど、わたしならラーメン屋で食べ終わったあとに告白されてもなぁ。と思う。ただ色々な意味でドキドキするかも知れない。
「お、紗理っちにぶっちゃけたら少し気分が晴れて来たぞ。やっぱりこういうのって人に話すと気が楽になるのかもね。話を聞いてくれてありがとう」
「あ、いえいえ。わたしはただ聞いてただけですから」
まだまだ訊きたいことがあったけれど、久慈さんの表情がいつもの感じに戻りつつあったので止めておいた。
[変な正義感]
朝から重めな久慈さんの失恋話も終わり、程なく担当動物コーナーに到着。
掃除をしようと馬小屋に入ると、直ぐに旅人馬のシーバさんが近寄って来た。
「おはよう紗理っち、昨日は仕事休みだったんだな?」
「あっ、シーバさんおはようございます!そうなんですよ。入社して初めての休みをいただいてました」
「そうか、それは良かったな。君の代わりにモン爺が来て、給餌や馬小屋の掃除をしてくれたんだが、あの爺さん、悪戯してくるものだから注意したんだよ。そしたら口論になって大変だった」
今朝の朝礼で副園長が社員のことを褒めていたのに…まぁ、副園長も付きっきりで監視出来る訳ではないから見逃すこともあるだろう。にしても、モン爺さんと来たらいい歳して何をしてるんだか。やれやれ。
「何だか休んでしまって申し訳ないです。すみませんでした」
「いやいや、言い方が悪かったな。モン爺へのムカつきが収まらずつい愚痴を溢してしまった。別に君を責めてる訳じゃないんだよ。ただ単に、新人だけど気が利く君が担当で良かったと伝えたかっただけだ」
「そんな風に言って貰えてとても嬉しいです。ありがとうございます!あと愚痴ならいつでも言ってください。わたしは聞くことしか出来ませんけど」
シーバさんに言われた言葉が素直に嬉しくて、顔を赤くしながらお辞儀してお礼を言った。でも昨日のことを今日まで引きずっているなんて、シーバさんはよっぽどモン爺さんにムカついているらしい…
朝の掃除と給餌を一通り済ませ、久慈さんと歩きながら事務所へ向かう。
シーバさんから聞いたモン爺さんとの一件を、元気の回復したように見える久慈さんに話してみた。
「そんなことが二人の間であったのかぁ。モン爺さんはトラブルメーカー的存在なんだよ。だから揉め事の話は良く耳にするんだ」
わたしは事務室での自己紹介を思い出し、何の抵抗も無く「そうだろうな」と納得した。
「何とかならないんでしょうか?モン爺さんの悪戯好きは」
「ハハハ、絶対に変わらないとは言い切れないけれど、もう年齢的に変わるの難しいんじゃないかな」
「ん~、なんとかしたいなぁ…」
新人で若僧のわたしがそう考えるのはおこがましいかも知れない。
だけど変な正義感というか何というか、そんな感情がわたしの中に湧き出ていた。
「紗理っち、そんな顔して深く考えることは無いよ。妖怪達の関係って人間のそれとは少し違ったりするからね。話を聞くのはいいけど、出来るだけ介入せずに静観しておくのがベストだと僕は思うよ」
なるほど、流石は先輩。そっか、人間と妖怪という存在は根本的なところで違うもんなぁ。
「久慈さんの言っていることは何となく分かりました。取り敢えず慣れて行くしかなさそうですね」
うん、今は良いアイディアも出ないしそういう事にしておこう。
コメント