と大袈裟な言い方をしてしまったけれど、わたしは現在家族揃っての厳かな食事の真っ只中。
黒川家の食事の序盤はいつも静かなもので、皆黙ってナイフとフォークを動かしカチャカチャと皿に触れる音だけが食卓に響く。
この黙って食事を摂る行為がわたしには少し苦痛だった。
でも幸いにしてこの静かで窮屈な雰囲気をぶち壊してくれる存在がある。
それは、孫のわたしを赤ん坊の頃から溺愛してくれているお祖父様。
「時に司よ。今日、挑戦して来た男はどうだったんじゃ?強かったのか?」
お祖父様が試合のことを知っているのは誰かが告げ口をした訳では無く、きっと真琴さんを質問攻めにして訊き出しているのだろう。真琴さんが可哀そうに想えるけど。
「あのお方はお話しになりませんでしたわ。お祖父様」
「ほっほっほっ、そうかそうか。やはり司に勝てる男はなかなか現れんな…ああ、それはそうと、梅小路君が懲りずにまた来たらしいのう?」
「…はい、あの方にも困ったものです。根性だけは男前だと想いますけど」
「ほう、司が梅小路君を褒めるとは珍しいな!明日は雨でも降るんじゃないか?ほっほっほっ」
「あら、お祖父様。わたしが人を褒めたくらいで雨が降るならいくらでも褒めて差し上げますわ。フフフ」
「それもそうじゃな、ほっほっほっ」
「そうですわ。フフフフフ」
わたしはこうしたお祖父様との不毛とも言える会話が好きだ。
この会話のあいだに、お祖母様はニコリと笑みを浮かべ、お母様は微笑し、お父様はすまし顔で聴いていた。
食後はもちろん歯磨きをする。
歯磨きに使用する歯ブラシは、ハンドル部分が牛の骨を加工して作られており、毛先に馬の毛が利用されている物だった。
今夜は特に予定も無く、明日の学校の準備があったので部屋へと戻り、常備してあるオイルランプに火をつけて明かりを灯す。
学校で購入したズック製(帆布製)の鞄に、明日の授業で使用する教科書を詰め込んで準備完了!
「これで良し、と。あとはゆっくり読書でも楽しみしましょう」
使用人さんが部屋に敷いてくれた綺麗な布団。その上にある枕の先に、明かりの灯ったオイルランプを移動して、布団に寝ころび読書を始めた。
この時代の一般的な読書は、人に声を出して読み聞かせたり、一人で音読するのがまだ主流だったけれど、わたしは一人で黙読するのが好きだった。
なぜなら、読書に集中して本の世界に入ってしまえば、現実から離れて別世界を楽しむことが出来たからに他ならない。
今日は疲れているのか読んでいるうちに睡魔が襲って来る。
わたしはオイルランプの明かりを消すと、目を閉じて深い眠りについた。
コメント