[暗い山道で]
「凪、暫く寝てて良いぞ」
コイツが幼い僕を寝かそうとする。
「…うん」
ファミレスで食べたハンバーグは大人サイズで腹がいっぱいになり眠くなっていたのだろう。幼い僕は10分と掛からず助手席で熟睡を始めた。
コイツは車内のラジオをつけ、アパートと真逆の方向に車を走らせた。
そのうち民家も街灯も無い山道に入りどんどん登って行く。
30分ほど暗い山道を走り、農家が使っている納小屋で車は止まった。
幽体の僕はこの納小屋に見覚えがあり、コイツと話した最後の場所であることを思い出す。
「ふぅ…凪、起きろ」
幼い僕の肩にコイツが手を乗せ、身体を揺らして起こす。
「ん…」
「凪、車から降りろ」
幼い僕は寒空の下、暖房で暖まった車内から瞼を擦りつつ外に出た。
コイツは後部座席に置いてあった小さなリュックを手に持ち車から降りる。
「これを背負うんだ」
そう言って幼い僕に小さなリュックを渡すと、言われるがまま黙って背負った。
「良いか凪、これからオレが言うことをしっかり聞けよ」
「…わ、わかった」
「そうだな。まずは…喜べ、ここでオレとはお別れだ」
「………」
父親からこんな衝撃的な話が出たら、普通の6歳児は泣いて問いただすだろう。
だけど幼い僕はファミレスの時と同じく俯いたまま、顔を上げずに黙って聞いている。
ひょっとしたら寝起きで頭が回っていないのか、怖い父親と離れることが嬉しいのか、ここで何を考えていたのかは良く覚えていない。
「あそこに明かりの灯った家が見えるだろ。顔を上げて見るんだ」
コイツはそう言って、今いる場所より高いところに位置する明かりの灯った一軒の家を指差した。
幼い僕はようやく顔を上げて、指差す明かりの方向を見て位置を確認する。
何も言わずにコイツがリュックから懐中電灯を取り出し、点灯させて幼い僕の手に持たせた。
「オレはお前をここに置いて一人でアパートに帰る。あの家まではお前の足でも30分ほどで着けるだろう。でももし何かあったら、この納小屋で一晩過ごすんだ。良いか、わかったな?」
「…う、うん、わかった」
幼い僕がそう返事をすると、コイツは優しい笑みを浮かべた。幽体の僕はこの時の顔を覚えていない。
「よし、じゃあ行け!凪。お前の人生はこれからだ」
そう言って背中をちょんと押して前に進ませた。
幼い僕は、車一台がようやく通れるような舗装されていない道を歩き始める。
こうして僕はコイツに捨てられた。
幽体の僕はこのあと自分がどうなるのかを知っている。
気になっていたのは、僕が知らないこのあとのコイツの行動だった。
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