[猫を飼いたい]
皿洗いの手伝いを終えて、ニ階の自分の部屋のベッドに寝転んだ。
ダラダラとスマホでネットニュースをを見ながら独り言を呟く。
「明日は休みだけどな~んにも予定入って無いんだよな~」
そう、明日はやしあか動物園に勤めてから初めての休日。因みに教育係の久慈さんも、わたしに合わせて明日は休みらしい。
彼氏でも居れば休日に何しようとか考えることも少なくなるんだろうけど。
明日の朝は取り敢えずゆっくり出来るし、眠くなるまでYouTubeでも観ようかな…
TikTok もそうだけれど動物の動画がどんどん増えていっているような気がする。中でも猫関係の動画は特に多い。
この手の動画は一つ見出すとずっと観ていられる。ある意味時間泥棒だ。
それが分かっていながら小一時間ほど猫の動画を観ているけど、眠気がなかなかやって来ない。逆に目が冴えて来て、猫飼いたいな~などと軽い衝動が起き始めた。
わたしは魔女だ。魔女と言ったら黒猫だな。うん、猫を飼うならば黒猫で決まりだ。
ちょっと下に行って両親に相談してみよう。
軽い衝動のはずが、いつの間にやらわたしの中で黒猫を飼うことになっていた。
こういう時の行動力は普段よりずっとある。早速ダイニングキッチンに向かうと、両親が仲良く揃ってテレビを観ながら晩酌をしていた。
お願いごとをするなら世間話しから入るのが常套手段だろう。
「その番組おもしろいの?」
わたしはそう言って椅子に座った。
「お母さんが夢中になってる連ドラだよ。一緒に観てると意外におもしろいもんだ」
父がテレビを観ながらそう返してくれた。母はテレビを夢中で観ていてこっちの話しは聴こえてないみたい。
テーブルに肘を着き暫く一緒にテレビを観ていると、連ドラが終わって母が話しかけて来る。
「で、今回は何をお願いしたいの?」
母のいきなりの直球に動揺する。
「えっ!?なんでわかるの?と言うか聞いてたの?」
「フフフ、聞いていたわよ。それにあなたがお願い事したい時の様子や仕草はワンパターンだからわかるわよ」
くふぅ~、お見通しでしたか~。流石は我が母。
かくなる上は正直に言ってしまおう。
「あのね。魔女と言ったら相棒は猫でしょ。猫を飼いたいな~ぁなんて想ってしまいましてぇ…」
断られたら嫌だなという気持ちが話しをしりつぼみにさせる。
だけど母は意外にも困った顔はしていない。
「良いわよ~。わたしの若い頃も相棒として猫飼っていたわ。良いわよね、お父さん」
「あ、ああ。お母さんがそう言うなら飼っても良いんじゃないかな」
おお!?こんなにも簡単に話が進んで良いものだろうか?
[ペットショップへ行く]
「でもあなたが猫を飼いたいなんて言い出すなんて、やっぱり動物園に勤めてるのが影響してるのかしらねぇ」
確かに今まで猫を飼いたいなんて言ったことは無かった。母の言う通り動物園勤めが影響している可能性は否定出来ない。でもそれは良いとして…
「それはそうかも。でねでね、飼うんだったら黒猫が良いと思うんだけどどうかな?」
「そうねぇ。わたしの飼ってた猫も黒猫だったし、魔女には一番お似合いかも知れないわ」
「お父さんは茶トラの猫も好きだぞ」
「「それは無い!」」
お母さんと同時に否定してしまった。
お父さんには悪いけれど、魔女と茶トラの猫ってイメージが全然湧かない。
「明日は仕事休みなんでしょ。あなたに任せるから、ペットショップでも行って良さそうな猫がいたら買って来ると良いわ」
「わたしが選んで良いの!?」
「あなたの相棒なんだからあなたが決めるべきよ。その代わり、お代は毎月の給与からいただくわよ」
そりゃそうだろうな…やっぱりしっかりしてるなぁ、うちの母上は。
「分かった。分割の12回払いで毎月給料日に渡すわね!」
些細な衝動から現実的な話に発展して、僅かな時間で猫を飼うことが決まってしまった。なんだか信じられない。
でもまあ、明日の予定が立ったとういうことで。
結局その夜は小学生の遠足前のドキドキ感のようになかなか寝付けず、あれやこれやと考えて夜更かししてしまった。
次の日の朝は9時頃に目が覚めた。
下へ降りても誰も居らず、ダイニングキッチンのテーブルには母の作ってくれた朝食と、ペット代と書かれた白い封筒が置かれていた。
やたら分厚い封筒を開けると現金で30万円も入っていた。猫ってこんなに高いんだっけ!?
久々に新聞を読みながら朝食を食べ、外出するための準備をした。
悲しいかな。彼氏とデートする訳でも無いし特にオシャレに気を使うことも無い。化粧もせずに程なく家を出た。
自転車に乗って軽快にペダルを漕いで、街なかにあるペットショップを目指す。
天気は良好で河原の道を通る時に春の風を心地よく感じた。
1時間と掛からずペットショップに着き、自転車に鍵を掛けて店内に入る。
このペットショップに居る動物は犬や猫が大半を占め、あとは鳥類や爬虫類などが少しのスペースに居た。
今回は猫が目的なので真っ直ぐに猫のコーナーへ向かう。
最初に目に入ったのはスコティッシュフォールド。なんとも言えない愛らしい丸っとした顔をしている。でも、残念ながら色が真っ黒では無い。
次に目にしたのはミヌエット。とぼけたような眼をした可愛い子。値段を見るとビックリの30万円だった。
[なんだかなぁ…]
価格に驚きつつ他の子猫も見て行く。
子猫を観ているとやしあか動物園の動物達のことが頭に浮かんだ。
わたしが飼育を担当している動物達はちゃんと餌を与えられているだろうか…
「休みの日は別の人やってくれるよ。それは僕の方で手配しておいたから」と久慈さんが言っていたし、大丈夫だとは思うけれど気にはなる。
10種類以上の子猫達を一通り観終わった。
確かにどの子猫も抱きしめたくなるほど可愛いのだけれど、「この子猫だ!」という決定的な直感が湧かない。
もう一度観たら何か変わるかもと考え、再度、猫のコーナーを一周して観てみる。
それでもやっぱり決定的な直感は働かなかった。
ん~、相棒になる猫だから妥協はしたくないしなぁ…
かなり迷ったけれど、ここで買うのは断念することにした。
久々に街なかまで来たので、ペットショップを出てから暫くのあいだ商店街をぶらぶらと歩く。
商店街で服や雑貨の店などより飲食店の看板が気になりお腹も減って来た。
もうお昼時だしどこかでランチしよう!
気ままに選んだ定食屋に入り、僅かに空いていた席に座って店内を見回すと、時間的なこともあってか多くのお客さんで賑わっていた。
メニューを広げるて見ると、看板に「定食屋」を謳っているだけあって豊富な種類の定食が記載されていた。
ここでふと、やしあか食堂で最初に食べたチキン南蛮定食を思い出し、この店の定食と食べ比べたくなり、店員さんにチキン南蛮定食を注文した。
注文の品が届くまでのあいだにスマホの画面を開き、この付近にペットショップが無いかネット検索してみる。
検索ワードをいろいろ変えて検索してみたけれど、動物病院やペットフードを置いている店などしかヒットしない。もうこの付近には無いのか残念だなぁ…
ペットショップ探しを諦め、スマホをテーブルに置くと、程なく若い女性の店員さんがチキン南蛮定食を運んできた。
「お待たせしましたぁ、ご注文のチキン南蛮定食です。ご注文は以上でよろしかったでしょうか?」
「はい、大丈夫です。ありがとうございます」
さぁチキン南蛮定食さん、この沈んだわたしの心を癒してくださいよ~。なんて気持ちで食べ始める。
でも、食べ進めているとそんなわたしの気持ちとは裏腹に、心が癒されることは無かった。
やしあか食堂の定食と食べ比べようと思って注文したのがいけなかったのだろうか。
このお店のチキン南蛮定食の完成度は決して悪くない。悪くはないのだけれど、やしあか食堂の定食を食べた時の高揚感や感動が起こらない。それなりの一般的な味と言ったところだろう。
「ご馳走様でした」
それなりの一般的な味をそれなりに美味しくいただいた。
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