[二口女と雪女]
二人で社員用の食事部屋へ移動して椅子に腰掛けた。
「さっきの人は二口女(ふたくちおんな)のニグチさんと言うんだ。いつもはワラさんとカヤさんの影に隠れて目立たないけれど、やしあか食堂のメンバーだよ」
「大人しそうな人でしたもんねぇ」
「ハハハ、でも本当の姿は怖いらしいよ。なんせ頭の後ろにもう一つの口がついてるみたいだから」
「こ、怖いこと言わないでくださいよぉ」
ニグチさんに限らず、ほとんどの妖怪の姿はおどろおどろしいのだろうけど。
そもそも妖怪、あやかし、怪異というのは、人間にとって怖い存在なのが当たり前なのだ。
あやかし動物園の妖怪達はそれを見事なまでに感じさせない。
「話し変えちゃいますけど、久慈さんは河童のワッパさんを知ってますか?」
「もちろん知ってるさ。池掃除を担当してて、普段は池の中に居るからあまり姿を見せないけど」
「そう言えば、河童って水中で暮らしてるって聞いたことがあります」
「ワッパさんもやしあか動物園にいくつかある池のうちの一つに、水中に建てた家を持ってるらしいよ」
「水中の家っ!?是非見てみたいです!」
水中に建つ家!?あぁ、なんだか想像したらわくわくして来た。
「たぶん紗理っちが想像してるようなファンタスティックな家ではないと思うよ」
久慈さんがたまに出す素っ気ない言葉は、嫌いじゃないけれど好きでもない。
「コンコン!ガチャッ!」
「コンコン!」というノックが無意味なドアの開け方をして、二口女のノグチさんと誰かもう一人の女性が部屋に入って来た。
「お待たせ、日替わり定食よ」
「お待たせ…」
あっ!?雪女のシラユキさん!何でやしあか食堂に居るの?
「あれ?シラユキさんがなぜここに?」
わたしの代わりにと言うか、久慈さんも気になったのか訊いてくれた。
「今日はやしあか食堂のメンバーに休みの人が多かったらしくて、時間があると思われているわたしが駆り出されたの」
シラユキさんは表情を変えずにそう答えた。
「でもやしあか食堂のエプロン似合ってますよ」
また微妙な褒め方をするぅ。
「ありがとう、少し嬉しいかも…」
シラユキさんは意外にも嬉しかったようだ。
話し方的には照れてる感が出ているけれどやっぱり表情は変わらない。顔に感情が出ないタイプなんだなぁ。
「へぇ、良かったわね。シラユキさん」
ニグチさんがそう言って薄らと微笑を浮かべた。あまり良い意味の表情ではなさそう。
しかし、ワラさんとカヤさんの元気な姿と対象的にかなり大人しめのこの二人。サービス業としてはいかがなものだろう?まぁ中には大人しい人が良いと言うお客さんがいるかも知れないけれど。
まだまだ忙しいのか、ニグチさんとシラユキさんは早々と部屋を出て行った。
[チーズハンバーグと白身魚フライ]
さてと、お楽しみのランチを食べよう!
昨晩のお酒と料理などの暴飲暴食により、コウさんの部屋で目を覚ました時のわたしは食欲など無かった。
それが、河童の妙薬の効果と、仕事で身体を動かしたお陰で今はお腹がかなり減っている。
テーブルの上に置かれた本日の日替わり定食は、チーズハンバーグと白身魚のフライがメイン。
最初に味噌汁のお椀に手を伸ばして蓋を開けると、豆腐とわかめのスタンダードな味噌汁だった。
やしあか食堂の日替わり定食を食べるのはまだ三回目だけれど、細部にまでこだわりを持って作られていることは十分に理解している。
スタンダードな味噌汁にしてもぬかり無く作られているはず。
わたしは味噌汁のお椀を口に寄せて啜った。
「ズズズ…」
ん~、美味しい!流石はやしあか食堂!自然に顔がほころんだ。
コクと深みのある味。だしもこだわりを持って作られているのだろう。
具材は豆腐とわかめの他に細かく刻まれた長ネギが入っていて、それが微かな上品さを出している。
「お次はチーズハンバーグ~っと♪」
お盆の端にあるナイフとフォークを手に取り、まだジュージューと音を出す鉄鋳物の皿の上に乗っかっているチーズハンバーグをフォークで押さえナイフで切る。
ハンバーグの切り口から、食欲をそそる肉汁がジワ~っと流れ出す。
毎度の事だけどよだれが…
更に適度なサイズに切ってパクッと一口。
おほぉ~たまんない!
トマトベースのソースにとろけるチーズが上手くマッチングしている。
噛む力要らずの柔らかい食感、口に広がる肉と脂のうま味、タマネギの程よい甘さも効いている。
一般のファミレスで出されるハンバーグの質は向上し、十分に美味しいと思えるけれど、このチーズハンバーグは比較にならない。
二口目を口の中に運びすぐさま白ご飯も運んで合流させた。
うんうん、相変わらずの炊き加減の良さ。これは白ご飯も進みますなぁ♪
よし、チーズハンバーグのインパクトにより存在感が薄れてしまった白身魚のフライを食べてみよう。
白身魚のフライにはタルタルソースが掛かっている。
一昨日のチキン南蛮の時も掛かっていたけれど、願わくば違う味のタルタルソースであって欲しい。
そう想いながら白身魚のフライを口にいれた。
ああ、ほっこりする味だなぁ。
チーズハンバーグの濃厚な味とは違い、外はサクっとなかはふんわりであっさり味。
タルタルソースも今回はお酢が効いていてサッパリ感があり、結局は期待を裏切らない美味しさだった。
「ご馳走様~」
久慈さんのいつも早い「ご馳走様」にも3日目にしてもう慣れている。
もちろんわたしは自分のペースで食事を楽しんだ。
[天邪鬼(あまのじゃく)のアマノさん]
「ふぅ、ご馳走様~」
今回も素晴らしい日替わり定食を心ゆくまで堪能させていただきました。
食後のコーヒーが急に飲みたくなり、部屋に設置されたコーヒーメーカーで作ることにした。
「久慈さんもどうです?」
「お、ありがとう。じゃあ、お願いしようかな」
二人分のコーヒーを入れてゆっくり飲んでいると、突然、久慈さんに一本の電話がかかって来た。
「はい、久慈です。…はい…いえ心当たりは無いです。何かわかったら連絡しますね。…失礼します」
久慈さんが首を傾げながら電話切る。
「何かあったんですか?」
「ああ、うん。やしあか温泉とやしあか寮の掃除を担当している天邪鬼(あまのじゃく)のアマノさんという人が居るんだけど、その人が大事にしていた竹箒が無くなったって騒いでるらしいんだ」
あ、まずい。今朝使ったあとに返すの忘れてた…
「それ、犯人はわたしです。遅刻しそうになってちょっと拝借しちゃいました」
「えっ!?そうなの?」
「はい、すみません…」
「あちゃ~。アマノさんはちょっと厄介な人だから、早く返さないとあとで悪戯されるかも知れないよ」
「わ、わかりました!事務所の壁に立て掛けてあるので、今から返しに行ってきます」
「僕も一緒に行って上げるから、その竹箒を取って来なよ。外に出て待ってる」
「ありがとうございます!すぐに取ってきますね」
わたしは走って竹箒を取りに行く。
まさか無くなったりしてないわよね…
事務所に着き竹箒を置いた場所を見ると、今朝のままの状態でそこにあってするホッとする。
竹箒を手に取り走ってやしあか食堂へ戻ると、久慈さんは約束通り待っていてくれた。
やしあか食堂と事務所を往復して走ったので案の定息が切れしてしまう。
「はぁ、はぁ、すみません。竹箒を、はぁ、持って来ました」
「そんなに息切れしてて大丈夫?」
「だ、大丈夫です。はぁ、さ、行きましょう」
こうして久慈さんと二人で林の中へ入って行った。
わたしが竹箒を取りに行ってるあいだに久慈さんがリンさんに連絡して、リンさんがアマノさんに連絡してくれたらしい。
「それでアマノさんはどこで待ってくれてるんですか?」
「やしあか温泉の入り口付近で待ってるってリンさんが言ってたよ」
「悪いのはわたしなんですけど、やっぱり怒られちゃいますよね?」
「ハハハ、アマノさんは天邪鬼なだけに偏屈な人だけれど、そこまで怒られないと思うよ。とは今回ばかりは言い切れないな」
「そうなんですね…」
「なんで返すのを忘れてしまったんだ。わたしの馬鹿ぁ!」、心の中で失念を悔やみ叫んだ。
コメント