やしあか動物園の妖しい日常 45~46話

やしあか動物園の妖しい日常

[カクテルバー]

 歓迎会の途中、壇上に何人かが上がり、歌やダンス、マジックなどを披露したりして大いに盛り上がった。

 久慈さんに断りを入れて、わたしはあとで行こうと思っていたカクテルバーに足を運ぶ。

 カクテルバーは簡易的なカウンターが設けられており、正面から外観を狭めて見れば、普通のカクテルバーと比べても遜色無かった。

 お、予想してたより良い雰囲気。

 カウンター中央にはスーツを着たバーテンダーの男性が立っている。

 男性はサラサラの茶髪に整った顔立ちに優しそうな目をしていて、スーツの良く似合うバーテンダーだった。

 カウンターの客席には、真ん中に女性が一人で座り静かに呑んでいる。
 その女性から一つ席を空けて左隣の席に座った。

「いらっしゃい。お主が新人飼育員の紗理っちでござるな?」
 思わず席からガタッと転げ落ちそうになる。「ござるな?」、ギャグか何かでいっているのだろうか

「あ、はい。黒川紗理亜で紗理っちです」

「拙者は三本五郎座衛門(さんもとごろうざえもん)という妖怪で、名をザエモンと申す」

 あいだに入っている「ゴロウ」じゃなく「ザエモン」なんだ!?顔のトレンディ感と話し方や名前のギャップがすごい…

「ザエモンさん、お勧めのカクテルはありますか?」

「うむ、今日出来たばかりの拙者の自信作がお勧めでござるよ」

「じゃあ、それでお願いします」

「かしこまり~でござる」

 生まれて初めて会話で「ござる」を使う人と会ってしまった…

 それにしても、右半身だけ肌寒くなって来た気がするのはなぜだろう?

 右にいる女性の方を向くと、その女性から「ヒュオオオ!」と音が聴こえそうなほどの冷気が漂っている。

 その女性の肌は、血が通っていないのかと思うほど白く、黒い髪は濡れているようにも見え、美人な顔をより一層引き立てていた。

 取り敢えず挨拶してみようか。

「こんばんは、初めまして黒川と申します」

 女性がゆっくりとこちらを向いた。

「こんばんは、新人飼育員の紗理っちね。野菜や飼料の倉庫管理をしている雪女のシラユキよ。よろしくね」

 倉庫管理は適任だけど、どおりで寒いわけだ…。

「雪女のシラユキさんですね。こちらこそよろしくお願いします!」

「シャカシャカシャカシャカシャカシャカ」

 ザエモンさんが子気味よくシェーカーを振り出した。

 この間にもわたしの身体はさらに冷え込み、身体がガタガタと震え出す。冷気について言うべきか言わざるべきか、席を離れても失礼に当たるような気がするし…

「ん?あなた、もしかして寒いの?」

 お、気付いてくれた。

「ずみません。ちょ~っとだけ寒いですぅ」

「ごめんなさいね、気付かずに。お酒が入ると気が緩んで冷気が身体から漏れちゃうの。今はどうかしら?」
 
 いつの間にか漂っていた冷気が止まっている。

「ありがとうございますぅ。今は大丈夫みたいです」

 こんな事なら早く言っておけば良かった…

[ラリホーマ・クイーン]

 シラユキさんの冷気から解放された頃には、ザエモンさんのシェイカーの音も止まっていた。
 カクテルグラスがカウンターに置かれ、シェイカーからきれいなピンク色のカクテルが注がれる。

「拙者の自信作[ラリホーマ・クイーン]でござる。ご賞味あれ」

 変な名前ぇ。若干テンションが落ちた。まぁ、気を取り直して一口…

「お、美味しい~!」

 フランボワーズの甘酸っぱさが心地よく、後からほんのりとした甘さがやって来て二段構えの美味しいさを味わえる。

「喜んで貰えて良かったでござるよ」

 …慣れればきっと「ござる」も気にならなくなるかな。

 ラリホーマ・クイーンを飲み干すと赤ワインで蓄積されたアルコールも相まって、だいぶ酔いがまわって来たように感じる。

「ござる、いや、ザエモンさんは普段の仕事は何してるんです?」

 これだけ美味しいカクテルを作れるなら、普段からやってるような気がして訊いてみた。

「やしあか温泉の一室で夜にカクテルバーの仕事をしているでござるよ」

 げっ!?やしあか温泉の一室って…さっきは全然気づかなかった。

「ここにくる前にやしあか温泉に行ったんですけれど、全然気付かなかったです。どこら辺にあるんですか?」

「ああ、初めての女性では気付かないか…男湯の入り口前の部屋にあるでござる。機会があれば是非来てくだされ」

「そのうち必ず行きますでござるよ」

 あっ!?一瞬口癖がうつっちゃった。
 これはかなり酔いがまわってるな…

「えー、みなさん!そろそろ歓迎会の方を終わりにしたいと思います!残って呑みたい方はまだ呑んでいても構いませんが、料理の方はもう出ませんので悪しからず」

 グテンさんがマイクを使って会場全体に歓迎会の終わりを告げた。
 腕時計を見るといつの間にか9時を回っていた。もう、こんな時間だったんだ…

「ザエモンさん、美味しいカクテルご馳走様でした」

「いつでもカクテルバーで待ってるでござるよ」

 隣に居たシラユキさんは、既にどこかへ行ったらしい。
 わたしは取り敢えず元のテーブルへ戻ることにした。

「おお!紗理っちカクテルバーはどうだった?」

 久慈さんも相当呑んでる筈なのに、酔った雰囲気が微塵もしない。

「バーテンダーのザエモンさんがとても美味しいカクテルを作ってくれて大満足でした!」

「そっか、ザエモンさんの作るカクテルは一級品だから紗理っちも喜ぶと確信してはいたけどね」

「久慈さんはまだ残って呑むんですか?」

「僕はまだ残って呑むよ。今夜はやしあか寮のモン爺の部屋に泊めてもらうんだ」

 あ、そういう段取りをつけていたのね。わたしはどうしようかな…

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