やしあか動物園の妖しい日常 42~44話

やしあか動物園の妖しい日常

[ホタテのカルパッチョ]

「え~こんな格好で登場してすみません。では、みなさん、グラスを手に持ってご準備ください」

 リンさんがそう言うと、会場の全員が白ワインの注がれたグラスを手に持つ。

「紗理ッち~はい、どうぞ」

「あ、ワラさん、ありがとうございます」

 双子の猫娘のワラさんとカヤさんがメイド服姿で現れ、園長とテグンさんとわたしにグラスを渡した。

「みなさん準備は出来ましたね~!…では行きます。やしあか動物園と新入社員紗理ッちの前途を祝してかんぱーーーい!」

「「「「「かんぱーーーい!」」」」」

 わたしを含めたほぼ全員がワインをグイッと呑んだあと、会場に大きな拍手が沸き起こった。

「ではみなさん!暫くのあいだもりもり食べてじゃんじゃん呑んでください!」

 テグンさんがそう言って一区切りし、自由な飲食タイムがスタートした。

「紗理っち~!こっちこっち!」

 久慈さんがわたしに手を振って呼び掛けたので、手を振って返しそのテーブルへ向かう。

 テーブルにはやしあか温泉で会った紅葉のコウさん、百々爺のモン爺さん、白粉婆のトメさんなどの顔ぶれが揃っていた。

「久慈さんはもうコクリさんに料理を届けて来たんですか?」

「ああ、届けて来たよ。すごく喜んでくれてこれを貰った」

 わたしの目の前に差し出されたのは昔懐かしい感じのペロペロキャンディー。

「よ、良かったですね。そんな古風なペロペロキャンディーは今じゃなかなか手に入りませんよ」

 適当に返したけれど、久慈さんは嬉しそうにペロペロキャンディーを眺めていた。

 それにしても、テーブルに並べられた色とりどりの料理が気になる。
 当然やしあか食堂で作られた料理だろうから美味しくない筈がない。
 さて、どれから食べてあげようかなぁ…

 ワインを一口呑んだあと、ホタテのカルパッチョに手を伸ばし口に入れた。

「ん~、期待通りの美味しさ」

 火で炙ってある部分が香ばしく、オリーブオイルを使っているのか滑らかな舌触りに、上質な塩のお陰で素材の旨味が十分引き出されている。

「うん、うまいうまい!」

 左隣の席に座る久慈さんが相変わらずガツガツと食べて、ホタテのカルパッチョの皿はあっという間に空になった。

 個別の料理で良かったぁ…と、しみじみ思う。

「ほれ、モン爺さんあ~んじゃ、あ~んせい」

 トメさんがホタテのカルパッチョをフォークで突き刺し、モン爺さんの口に入れようとしている。

「こ、こんなところで恥ずかしい。やめんかい」

 モン爺さんは照れて顔を赤くしながら口を開けるのを拒んでいる。

「いい歳して何が恥ずかしいんじゃ、ほれぇ!」

「むぐぅ!」

 トメさんはモン爺さんの口の中に、カルパッチョを力づくで押し込んだ。

[コウさんの片想い]

「モン爺さんとトメさんは安定の仲の良さねぇ。ジン、あたし達もあんな風になりたいわぁ」

 コウさんは右隣の席に座る桂男のジンさんに話し掛けた。

「やめてくれないか、コウ。僕達が付き合っていると周りに誤解されてしまうじゃないか」

「あら?あたし達は付き合っていなかったのかしら?」

「無論、断じて付き合ってなどいない」

「そうだったのね。付き合っていないのなら仕方がないわ」

「そう、仕方がないことだ」

 ?、二人の会話はそれっきり途切れてしまった。かと言って空気が重く成る事も無い。二人はいったいどういう関係なのだろう?

 わたしが不思議そうにしていると、久慈さんがそっと耳打ちして来る。

「あの二人のやり取りはいつもあんな感じなんだ。コウさんがジンさんに好意を持って接しているのだけれど、ずっと成就しない切ない恋の形なのさ」

「ふ~ん、コウさんの片想いなんですね」
 であれば、もっと他の攻め方があるような気もするけど…

「あ、ワイン以外の飲み物はあっちの方のテーブルに置いてあるのと、あそこにカクテルバーが設置されてるからね」

 流石は久慈さん、話しが急に飲み物の説明に変わった。まぁ良いけど。

 飲み物はセルフサービスか。でもカクテルバーまであるなんて本格的。カクテルバーにはあとで行ってみよう。

 それよりも、赤ワインを呑みたいんだよなぁ…よし!取りに行くかな。

 おっとそうだ!取りに行く前にロブスターのガーリックバター焼きを一口食べてから…

「はうっ!美味しい!」

 ロブスターの身がしっかりしていて食感が良く、ニンニクとバターの風味もたまらない!
 一口のつもりが次々と口の中に運んでしまい、結局最後まで食べきってしまった。これじゃ誰かさんと一緒だな。

「久慈さん、赤ワインを取って来ますけど何か飲みたい物ありますか?」

「ワインボトルに白ワインがまだたくさん残っているから僕はいいよ」

「そうですか、じゃ…」

 席を立ち、赤ワインを取りに行こうとしたわたしにコウさんが呼びかける。

「紗理っち、あたしに赤ワインをボトルで2、3本お願いできないかしら?何だか今日はとことん呑みたくなって来たわ」

 ジンさんとのやり取りのあと平然としていたコウさんだったけれど、表情に出さないだけで本当は傷ついているのかも知れない。

「わかりました!あったら3本取って来ますね」

 わたしは笑顔で快く引き受けた。

 久慈さんの教えてくれたテーブルの上には、瓶ビール、一升瓶の焼酎、ボトルウイスキー、赤と白のワインボトル、炭酸ジュース各種、100%の果物ジュース各種、コーヒーメーカー、紅茶、ウーロン茶、緑茶、水まで置いてある。

 赤ワインは10本置いてあり、その内4本を取るのは気が引けたけど、テーブルの下に在庫があるのを見つけ、安心してオープナーと一緒に持ち出した。

[賑わう会場]

 歓迎会の会場は話し声や笑い声で随分と賑やかになっている。
 時間が経ちみんなの酒がすすめばもっと賑やかになることだろう。

「コウさ~ん、赤ワイン持って来ました。じゃんじゃん呑んじゃってください」

 わたしはテーブル中央からコウさんよりのスペースに赤ワインのボトルをおいた。

「ありがとう紗理っち。これで心ゆくまで呑めるわぁ」

 ニコリとするコウさんの顔は、女のわたしからしても引き込まれそうなくらい魅力的に見える。ジンさんは彼女の何が気に要らないのかなぁ?

 コウさんがワインボトルにスッと手を伸ばす。

「あっ!これワインオープナーです。使ってください」

「ありがとう。でもオープナーは不要よ」

 そう言って手に取ったワインボトルのコルク栓を指で摘み、軽くキュッと回してスポンと抜いてしまった。
 えっ!?そんな簡単に抜けるの?
 わたしも自分用に持って来たワインボトルで試してみる。

「うぅ、う~ん。駄目だ。全然開かない」

 コルク栓を素手で力いっぱい開けようとするわたしを見て久慈さんが言う。

「ハハハ、そりゃ普通の女性には道具なしでは難しいよ。コウさんは馬鹿力だからあんな風に出来るんだ」

「聴こえたわよ久慈ッち。レディに対して馬鹿力はないんじゃないかしら?」

 ドスの利いた声でコウさんに言われた久慈さんが冷や汗をかく。

「す、すみません…」

「まぁまぁ、落ち着けコウ。今夜は歓迎会というめでたい席だ。無礼講でいいんじゃないか?それっ!最初の一杯目を僕が注いであげよう」

「あら、優しいのねぇ。ジンがそう言うのなら今夜は無礼講でいきましょう。久慈っち、今夜は特別に許してあげるわ」

 ジンさんの的確な気づかいにより、コウさんの曇った表情が頬を赤らめ嬉しそうな表情に一変した。

「ふぅ~、一瞬ヒヤリとしたよ。ジンさんを見習って紗理っちのワインは僕が注いであげる」

 久慈さんは持ち前の、それこそ酒呑童子の馬鹿力で赤ワインのコルク栓を指で軽く抜いてグラスに注いでくれた。

「ありがとうございます。じゃあわたしも」

 お返しに白ワインのボトルを取り、久慈さんのワイングラスに注ぐ。

 少し落ち着き、最初にテーブルに置かれていた素晴らしい料理達を堪能した。
 ふと、モン爺さんとトメさんの方に目を向けると、既に二人とも真っ赤な顔で泥酔状態になっている。そばには空になった焼酎の一升瓶が一本転がっていた。

 いやいや、まだ飲食を始めてから1時間も経っていないのに…

「久慈さん、モン爺さんとトメさんがとんでもなくハイペースで呑んでるみたいなんですけど、あれって大丈夫なんですかか?」

「うん、まったく問題無い。いつもと変わらない風景だよ。妖怪達は酒豪が多いんだ」

 そっか、良く考えたらここに居るのは妖怪達だ。普通の人間の常識では計り知れないだろう。

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