やしあか動物園の妖しい日常 39~41話

やしあか動物園の妖しい日常

[妖怪の文明社会]

 脱衣所に移動してロッカーを開け、白いバスタオルを取り出す。
 濡れた身体をそのバスタオルで拭き、リュックに入れてある替えの下着と服を急いで着た。

「えっと、髪を乾かしたいところだけど…あっ!あったあった」

 髪を乾かすスペースは脱衣所の一部に設けられていて、3人分の大きな鏡とドライヤーも置いてある。

「ブゥオー!」

 ドライヤーを手に取り電源を入れると温風が強く吹き出した。
 いつもであれば雑に乾かしてしまうのだけれど、今夜は歓迎会があるので念入りに髪を乾かす。

 持参したクシで髪をとかしながらふと想う。ここは妖怪達が作った社会なのに、文明は人間社会と何ら変わらない。まぁ、それだけ妖怪達の知能が高く努力した結果なのだろう…

「よし!準備万端!」

 脱衣所を出て受付の方に行くとコクリさんは寝ていて、待合スペースの椅子に座った久慈さんがスマホをポチポチしていた。

「久慈さん、良いお湯でした~。どのくらい待ってたんですか?」

 世間では男と女の平均入浴時間には差があり、やはり女性の方が若干長く掛かるらしい。

「ああ、5分くらいかな。大丈夫、そんなに待ってないよ」

 ポチポチする手を止めて久慈さんは笑顔でそう答えたその時、寝ていたコクリさんがパチッと目を開ける。

「久慈ッちぃ、あたしゃぁ仕事で歓迎会に参加できないんだぁ。料理長のナカには料理と酒を準備しておくよぉに言ってあるからぁ、悪いがそれを持って来ておくれでないかぁい?」

「そんなのお安い御用ですよコクリさん。じゃあ紗理っち、そろそろやしあか食堂に行こうか」

 久慈さんはコクリさんの頼みを嫌な顔一つせずに受けた。偉いなぁ。

 やしあか温泉を出て、来た時の林の中を二人で歩く。

「来る時に結界の場所を示す目印を説明しなかったけど、紗理っちは結界の場所は分かるかな?」

「たぶん魔力を使えば分かりますよ。試しにやってみますね」

 要領は妖怪の姿を見破るのと同じで良いだろう。わたしは目に魔力を集めて前方を凝視する。

 すると、何も無い空間に薄い紫色の壁が見えた。

「あ、見えました。わたしが結界を解いてみても良いですか」

「良いよ~。やってみて」

「やしあかあやかしあやしいな!」

「ヴン!」

 目に映っていた薄い紫色の壁が音と共に消えた。

「OKです!久慈さん通りましょう」

「やるねぇ紗理っち。これで一人でもやしあか温泉に行けるようになったね」

「予想以上に温泉は最高でしたよ。これから何度も利用させてもらおうと思います。それにリンさんにも誘われました」

「リンさんは面倒見が良いからね。紗里っち喜んでくれて僕も嬉しいよ」

 実際のところ、あの温泉を無料で使用できるなんて信じられないくらいだった。

[歓迎会直前]

「何これ!?いつもこんな盛大な感じなんですか?」

 やしあか食堂の光景を見ていきなり驚かされた。
 建物の外の入り口付近に高さが膝下くらいのテーブルが数カ所置いてあり、その周りには人に化けられない動物系の妖怪達が大勢集まっている。
 テーブルには巨大なお皿が置いてあって、その皿に何種類もの料理が盛られている。
 グラスや取り皿は無く、お酒は樽やバケツに入っているようで、フライングして呑み始めている者もいた。

「やしあか動物園の妖怪は全部で100種を超えるからね。こんな風に中と外で分かれて集まるんだよ」

「外の様子からすると、中にもかなりの人が集まるという事ですね」

「そうだよ。因みに僕らは中の方に集合しないとならないからね」

 周りを見回すと妖怪達の中にさとり兎のサトリさんが、鎌鼬夫婦のダダンさんとザザンさんと一緒に話しているのが目に入った。
 わたしはサトリさんに伝えなければならない事がある。

「久慈さんはコクリさんに料理を届けないといけないですよね?ちょっと用事があるので先に行ってください」

「分かった、先に行くよ。中の会場に遅れないようにね」

「了解です!」

 久慈さんはやしあか食堂の中に入り、わたしはサトリさんのいる方へ向かった。

「サトリさ~ん!ちょっと良いですか~?」

 サトリさんはわたしの呼び掛けに直ぐ気づいてくれた。

「お~紗里っち!何かあったの?」

「さっき魔法をかけた時に伝え忘れた事があったんです。能力封じの効果は5時間ほどで無くなりますから気をつけてくださいね」

「…何だそういうことか。そんな遅くまでここに居るつもりは無いから大丈夫だよ。でも、気持ち良く歓迎会に参加出来そうだ。本当にありがとう紗里っち!」

 良かったぁ。文句の一つでも言われるかと覚悟してたんだけど、逆にニコニコ顔で感謝されてしまった。

 ダダンさんとザザンさんにも挨拶だけして、やしあか食堂へ急いで向かう。
 食堂の中に入ると、普段は一般のお客さんが食事をするスペースがパーティ会場のように様変わりしていた。
 会場にはざっと30人以上は集まっている。
 テーブルには人間社会のパーティに出るような料理やワイン、グラスやお皿、ナイフやフォークなども置かれていた。
 
 会場の窓際には特別な壇上が設置されていて、そこには園長の他に数人が立っている。
 園長がわたしに気付き手を振って呼んだ。
「黒川さーん!こっちに来てください!」
「あ、はい!いま行きまーす!」

 わたしは壇上に上がり園長と、司会を務める天狗のテグンさんと三人で打ち合わせをしたのだった。

[緊張の新人挨拶]

 程なく歓迎会が始まり、人間に化けている司会のテグンさんが進行役を務める。その姿は180cm以上の長身で、眼鏡を掛けたインテリ風な大人だ。

「みなさん、本日は新入社員歓迎会にお集まりいただき誠ににありがとうございます!」

 会場に居る人間の姿をしたままの妖怪達がパチパチと拍手する。

「まずは我がやしあか動物園の創始者である園長の瀬古修一郎氏より挨拶がございます!」

 人間の名前での紹介に何か徹底されたこだわりを感じた。
 園長が壇上中央のスタンドマイクの位置まで移動して挨拶を始める。

「コホン。えー、みなさん。日頃から仕事を頑張っていただきありがとうございます。本日は大いに食べて呑んではしゃいじゃってください。私からは以上です」

 みじかっ!?学校の校長先生にも見習って欲しいくらいの短い挨拶。
 次はいよいよわたしの番だ。大勢の人の前で話すのは得意ではないのでドキドキしてくる。

「では、本日の主役であるご本人に登場していただき、自己紹介をしてもらいましょう!ミス黒川さんカモーン!」

 わたしはテグンさんに誘導され、スタンドマイクの位置に立った。

「…ええ、黒川…紗理亞と申します」

 まずい、緊張のあまり上手く声を出せない。

「新人さん!聞こえねーぞ!もっと大きい声で喋ってくれーっ!」

「そうだそうだ!もっと元気良くやってくれよーっ!」

 会場に居る何人かから野次が飛んで来る。でも、わたしはこの野次のお陰で持ち前の反骨精神を持ってして、緊張が無くなり吹っ切れる事が出来た。

「昨日入社しました新人飼育員の黒川紗理亞です!良ければ『紗理っち』と気軽に呼んでください!ハッキリ言ってわたしは魔女で魔法が使えます!この唯一無二の特技をここで活かしたいと想ってます!これからどうぞよろしくお願い致します!」

 声を張り上げて一気に捲し立てるように喋り終えた。スッとお辞儀をして顔を上げると…

「良いぞーっ!紗理っちーっ!」

「魔法を今度見せてくれーっ!」

 大きな拍手と今度は野次じゃない言葉を投げかけれた。
 ふぅ~、何とか乗り切れたみたい。
 わたしの心は嬉しさと解放感で満たされた。
 壇上を降りて園長の横に立つ。

「上出来でしたよ黒川さん。久慈君はカチコチでしどろもどろでしたからね」

 園長が褒めてくれてなんだか照れる。
 そっか、久慈さんも同じように壇上に上がって挨拶したんだ…想像すると少し笑えてしまう。

 司会のテグンさんが次に進める。

「では、飼育員リーダーのリンさんに乾杯の音頭を取ってもらいましょう!」

「はいはーい!いま行きます!」

 リンさんは温泉で髪を乾かす時間が無かったのか、頭にタオルを巻いたまま壇上に上がった。

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