やしあか動物園の妖しい日常  36~38話

やしあか動物園の妖しい日常

[秘湯!?やしあか温泉]

 気になったので振り返り、壁のあった場所にそっと手を伸ばす。
「あっ!ちゃんと透明の壁が現れてる」

「結界が解けて元に戻るのはだいたい5秒ってところだよ」

 壁のできる場所で5秒経過するまで立ち止まるとどうなるのだろう?

 疑問に思って訊いてみたら、「壁に挟まって動けなくらしいよ」との事。

 死ぬことは無いようなので少しホッとした。

 そこから20mほど歩いて進むと林を抜け2棟の建物が姿を現す。
 左側の建物はコンクリート造の4階建てのマンションで、部屋数はざっと40以上あるようだ。
 右側の建物は高さのある平屋で、神社にある神殿のように煌びやかに見える。

「わぁ~綺麗な建物~。あっ!大きな看板もしっかりありますね」

 看板には金色の大きな文字で[やしあか温泉]とあった。

「うん、因みにここは無料で入浴できるから、温泉に浸かりたい時は利用すると良いよ」

 久慈さんはそう言ってくれたけれど、気軽に来れる場所では無いような気がする。
 やしあか温泉の入り口から中に入ると、目の前には受付カウンターがあり、かなりの高年齢に見える白髪で皺くちゃのお婆さんが座っていた。

「おやぁ、久しぶりに来たねぇ、久慈っち」

 皺くちゃのお婆さんの話し方は結構ゆっくりに感じる。

「ハハハ、久しぶりって程でもないかなぁ、一昨日も来ましたよコクリさん」

「クックックッ、そうだったかなぁ。ところで後ろの女の子は彼女かぁい?」

 わたしは変な流れにしたくなくて前に出た。

「初めまして!新人飼育員の黒川紗理亜です!よろしくお願いします」

「おぉ、あんたが新人さんなんだねぇ。よろしくだよぉぉ」

「一応補足しておくと、この人は古庫裏婆(こくりばばあ)のコクリさん。あ、コクリさん、新人さんは紗理っちと呼んであげてください」

「ほうほう、紗理っちねぇ、オォーケイオォーケイだよぉぉ」

 この調子だと、歓迎会であだ名は一気に広がりそう…

「男湯はこっちで女湯はこっちだから僕はもう行くね」

「はい!では、またあとで」

 受付前で久慈さんと別れて女湯の方へ向かう。

 のれんをくぐり脱衣所へ入ると、予想以上に綺麗で清潔感もあって驚いた。

 温泉をあまり利用した事が無いので良くは知らないけれど、人間社会にある高級温泉の脱衣所と比べても引けを取らないような気がする。

 周りを見回しても人影は見当たらない。そそくさと服を全部脱いで、ロッカーの中にあるザルの上に乗せ、リュックからタオルを一枚取り出し浴場へ向かう。

「ガラガラガラ」

 湯気で曇る大きな窓ガラスを開けると、そこには岩で囲まれた大きて綺麗な温泉が湯けむりを上げていた。

[温泉を満喫!]

「うわぁ!こんな温泉初めて見た!凄いなぁやしあか温泉!」

 露天風呂ではなかったけれど、胸が高鳴り感動すらしてしまうスケール。

「おっと、入湯するまえに身体の汚れを洗い流さなきゃっと」

 蛇口を探し横を向くと直ぐ側にあった。
 壁にはシャワーが付いていて風呂イスと洗面器もあり、シャンプーとリンスにボディソープまで置いてある。
 躊躇せず風呂イスに座り、シャワーのお湯を出して頭から浴びた。

 シャンプーを使い頭髪をワシャワシャ洗っていると、なんだか嬉しくなり自然に鼻歌を歌ってしまう。誰もいない貸切状態の広い空間にわたしの鼻歌が響いた。

 頭髪をシャワーのお湯で洗い流しリンスをしたあと、ボディソープをつけたタオルで身体を擦り、しっかりと洗い流していよいよ入湯準備完了!

「よ~し!温泉に入っちゃうぞ~!」

 意気揚々と温泉の岩場に近づき、勢いで飛び込んでしまおうと思ったけれど、温泉が激アツだった時の自分の姿が頭の中に浮かび踏み止まった。

「ちゃ、ちゃんと熱さは確認しないとね…」

 温泉に近づき水面を覗くと底が見え、飲めそうなほど透き通っていた。
 右手をそ~っと温泉の中に入れて湯加減を確かめる。

「お、これは丁度良い熱さかも…」

 この湯加減なら飛び込んでも問題無さそう。
 本当は絶対にやってはならない行為と分かっていながらも、若いうちにしか出来ない?し、周りに誰もいな居ないから迷惑をかけることも無い!大袈裟かも知れないけれど、欲望に負けてしまい温泉に飛び込む決意を固めた。

「せ~の!」

「ザッブン!」

 水中で勢いのなくなった身体がゆっくりと沈み温泉の底にお尻がついた。
 直ぐに足を立てて水面から顔を出す。

「ブッ、プハ~ッ!」

 今まで味わった事のない解放感に満たされ、勢いそのままに水面をクロールで泳ぐ。

「き、気持ち良い~っ!」

 温泉でこんな風に泳ぐのは人生で二度目だ。一度目は小学6年生の時に両親が連れって行ってくれた熱海旅行。

 無知で無邪気な幼い当時と違い、成人となり社会の法律やルール、常識をある程度理解した大人としてのこの行為は、尋常でない格別な解放感がある。

 とは言え、いつまでも馬鹿はやっていられない。
 はしゃぎ過ぎると歓迎会で持たないと考え、温泉の端っこに腰掛け落ち着くことにした。

 両腕をおもいっきり上げて伸びをする。

「う~ん、幸せ~」

 全然イメージと違ったなぁ…こんなに良い温泉ならたまに利用させてもらっちゃおう。

「ん!?あれは」

 岩場の片隅に木製の立て札がちょこんと立っているのを見つけた。

[美人妖怪の二人]

 立札に書いてある内容が気になり近づいて確認する。
 目にした内容は以下の通り。

天然のやしあか温泉
○○○○年 瀬古修一郎氏により開湯
温度 41℃
泉質 強酸性
効能 身体的治癒、精神的治癒、妖力回復等

「ふ~ん、去年開湯したばかりなんだ」

 瀬古修一郎って園長のことだよね…効能に関してはほぼ万能薬的な感じで書かれている。

 わたしが立札をまじまじと眺めていると。

「ガラガラガラ」

 浴場入り口のガラス戸の開く音がして女性の話し声も聞こえる。

 げっ!?誰か入って来た!?

 自宅の家ではないのだから他人が入って来るのは当然だけれど、貸し切り状態ではしゃいでいたわたしはそれをすっかり忘れていた。

 とりあえず入って来た人が誰なのか確かめてみよう。

 顔を水面上に鼻下まで出し音を立てないようにひっそり近づく。

 湯気で視界の悪い中、二つの人影を注視すると一人はリンさんで、もう一人は妖怪紅葉(もみじ)で飼育員のコウさんだった。

 コウさんとはまだ会話をしたことが無く、どんな性格かは知らないけど、黒髪の色白美人で足が長くスタイルも抜群。

 一糸まとわぬ二人が並んで立つその姿は、女のわたしからしても見惚れてしまうほどだ。

 どうしよう…温泉からあがって話し掛けるべきだろうか?それより長湯でのぼせてしまいそうだ…

「あら!そこで海坊主みたいに顔を出しているのはもしかして紗理っち?」

 人間の気配を察知したのか、リンさんに呼びかけられた。
 お陰様で迷う必要が無くなり、のぼせの窮地からも脱出できそう。

 ん!?でもいま「紗理っち」と呼ばれたような…
わたしは水面からザバッと上半身を出して返事をする。

「は、はい!黒川です。先に温泉を浸からせていただいてます!でもリンさん、その呼び名はどこで知ったんでしょうか?」

「さっき受付けのコクリさんから聞いたの。『皆に広めてあげなよぉぉ』って言ってたわよ」

 そっか、コクリさんか。それなら納得。

「ねぇねぇ、紗理ッちって意外に胸が大きいのねぇ。作業服を着ていると目立たないからアレだと想っていたわぁ」

 コウさんがわたしの身体を眺めて不意にそう言った。

 「アレ」って「まな板」とか「ペチャ」の類いだろうけれど、わたしの胸はちゃんとCカップある。ま、まぁ、自慢できるほどではない…

「いえいえ、お二人に比べたら小さい方ですので。あ、わたしそろそろ出ますね」

 何だか恥ずかしい気持ちと、もう温泉に来てかれこれ30分ほど経つので出る事にした。

「あら、そう。それは残念。いつか三人でゆっくり浸かりましょうね」

 リンさんが出ようとするわたしに声を掛けてくれる。

「あ、はい!その時は是非お願いします」

コメント

タイトルとURLをコピーしました