やしあか動物園の妖しい日常 32~33話

やしあか動物園の妖しい日常

[大満足のご馳走様]


「あの塩って、この食堂で出してる物ですよね?」


「たぶんそうだと思うよ。ずっと置いてあるから良くは知らないけれど」


 ここの塩であれば味に問題は無いだろう。席を立ち塩を取りに行って戻り、肉一切れのソースのかかっていない部分にササっとかけた。

 フフフ、どんな味かな…

 塩だけかかった部分を切り離し、ヒョイッと口に入れた。

 こ、これは!?トンカツソースの強い主張とは違い、塩が脇役となって肉本来の味を引き立てている。美味し!


「ご馳走様~」


 食べ方を変えてロースカツを楽しむわたしを尻目に、あっさりと完食する久慈さん。

 恐らくこのパターンはこれからずっと続くのだろう。

 久慈さんがスマホを取り出しいじり出したので、放って置いて食事を楽しむことに集中した。
 最後に味噌汁を啜って完食!


「ご馳走様~!今日も幸せでした~」


 いやぁ、満足満腹。


「食事をするだけで幸せな気持ちになれるって何か良いよね」

「えっ!?早く食べ終わってしまう久慈さんにもそんな感情が湧くんですか?」


「ハハハ、僕の場合は料理が美味しいとついついかき込んじゃうんだ。早く食べ終わって淡白に見えるかも知れないけれど、実はこんな料理を食べられて幸せだな~って思ってるよ」


 これはこれは久慈さんの意外な告白を頂きました。


 食後も暫く同じ部屋で休憩を取り、午後一の仕事は昨日と同じという事で、二人で担当コーナーへ歩いて向かう。

「黒川さん、この時間帯に行うお客さんへの説明は、ゆっくりと覚えれば良いからね」


「ありがとうございます!暫くは後ろで勉強させてもらいますね」


 久慈さんがそう言ってくれるのは本当に助かった。

 しっかりした知識を備えないと、お客さんへの説明はきっと出来ないだろう。もし質問なんかされたら、今のわたしの知識量ではあたふたしてしまうのが目に見えている。


 久慈さんの説明は分かりやすくスムーズで、頷きながら真剣に聞くお客さんが多かった。中には説明の途中で居なくなってしまうお客さんも居たけれど、「それは僕の努力不足だから仕方がないよ」などと殊勝な事を言う姿は格好良いと想う。ま、まぁ、ちょっとだけど。


 1時間ほど経過して事務所に戻り事務作業を行う。

 わたしは午前中にしていたホームページ更新の続きに取り組む。

 と言っても動物の新しい画像や説明文の更新は済ませたので、ブログの内容ををどうするか計画を立てている段階だ。


 いっそのこと、久慈さんが最初に言った「新人飼育員の奮闘記」をタイトルにしてしまおうかと考えたけれど、折角自由度の高い仕事を与えられたのだから、もう少しおもしろ味があるものにしよう…

[秘密の場所]


 それにしても、あまり進捗しないブログの計画は時間が勿体ない気がする。 何か別の仕事はないだろうか…試しに訊いてみよう。


「久慈さん、ホームページの更新は終わっているので、わたしでもやれそうな仕事があれば回してください」


「お、丁度良かった。これをお願いしようと思っていたんだよ」


 どうやらタイミングが良かったようで、久慈さんが資料の束をわたしのデスクに置いた。


「この資料を5枚で1部として30部作ってくれないかな?ホッチキスはデスクの引き出しに入ってると思う」


「了解です!え~っとホッチキスはデスクの引き出しに…あっ!ありました」


 言われた通り資料をホッチキスで止めて作成して行く。

 単純作業はあまり頭を使わなく済むからたまには良いなぁ、あれ!?服装はおもいっきり作業服だけれど、事務作業はOLのやってる事と変わりないんじゃない?などと想いながらやっていると直ぐに片付いてしまった。


「久慈さん、終わっちゃいました〜」


「えっ!?もう終わったの?なかなか手際が良いねぇ。じゃあこれもお願いしちゃうかな」


 こんな感じで事務作業を進めていると、やしあか動物の閉園時間になった。 

 本日最後の給餌をするために担当の動物コーナーへ向かう。


「今夜の歓迎会は7時にやしあか食堂だから、給餌を済ませたらやしあか温泉に行ってさっぱりしよう」


 昨日、事務所で久慈さんに着替えを持って来るように言われていた。

 事務所の何処かにシャワーでもあるのかな?とばかり思っていたのだけれど…


「園内に温泉があるんですか?」

「あるよ〜、一般人では絶対に分からない秘密の場所に。そこは人間に化けられる妖怪達の寮と、やしあか温泉が並んで建てらているんだ」


 そう言えば、やしあか動物園で人間の姿をしている妖怪達が、どんな所で寝泊まりしているのか気にはなっていた。

「そこって秘密の場所なんですよね?わたしと久慈さんだけで行って大丈夫なんですか?」


「ああ、大丈夫!園長に許可は取ってあるし、僕は何度も利用してるからね。因みに混浴じゃ無いから安心して良いよ」

「そ、そうなんですね…」


 混浴だったら流石に無理でした。

 そこはクリア出来たとして、妖怪達の使用する温泉は大丈夫なのだろうか?今はおどろおどろしいイメージしか湧かない。
 わたしの顔が物語っていたのか、久慈さんが笑顔でフォローする。


「そんな心配そうな顔をしなくても大丈夫だよ。やしあか温泉の中を見たらきっと喜んで貰えるはずだから」

「分かりました。その言葉を信じて楽しみにしておきます」


 まだ不安は残っていたけれど、取り敢えず自分を納得させる意味も含めてそう言った。

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