[大満足のご馳走様]
「あの塩って、この食堂で出してる物ですよね?」
「たぶんそうだと思うよ。ずっと置いてあるから良くは知らないけれど」
ここの塩であれば味に問題は無いだろう。席を立ち塩を取りに行って戻り、肉一切れのソースのかかっていない部分にササっとかけた。
フフフ、どんな味かな…
塩だけかかった部分を切り離し、ヒョイッと口に入れた。
こ、これは!?トンカツソースの強い主張とは違い、塩が脇役となって肉本来の味を引き立てている。美味し!
「ご馳走様~」
食べ方を変えてロースカツを楽しむわたしを尻目に、あっさりと完食する久慈さん。
恐らくこのパターンはこれからずっと続くのだろう。
久慈さんがスマホを取り出しいじり出したので、放って置いて食事を楽しむことに集中した。
最後に味噌汁を啜って完食!
「ご馳走様~!今日も幸せでした~」
いやぁ、満足満腹。
「食事をするだけで幸せな気持ちになれるって何か良いよね」
「えっ!?早く食べ終わってしまう久慈さんにもそんな感情が湧くんですか?」
「ハハハ、僕の場合は料理が美味しいとついついかき込んじゃうんだ。早く食べ終わって淡白に見えるかも知れないけれど、実はこんな料理を食べられて幸せだな~って思ってるよ」
これはこれは久慈さんの意外な告白を頂きました。
食後も暫く同じ部屋で休憩を取り、午後一の仕事は昨日と同じという事で、二人で担当コーナーへ歩いて向かう。
「黒川さん、この時間帯に行うお客さんへの説明は、ゆっくりと覚えれば良いからね」
「ありがとうございます!暫くは後ろで勉強させてもらいますね」
久慈さんがそう言ってくれるのは本当に助かった。
しっかりした知識を備えないと、お客さんへの説明はきっと出来ないだろう。もし質問なんかされたら、今のわたしの知識量ではあたふたしてしまうのが目に見えている。
久慈さんの説明は分かりやすくスムーズで、頷きながら真剣に聞くお客さんが多かった。中には説明の途中で居なくなってしまうお客さんも居たけれど、「それは僕の努力不足だから仕方がないよ」などと殊勝な事を言う姿は格好良いと想う。ま、まぁ、ちょっとだけど。
1時間ほど経過して事務所に戻り事務作業を行う。
わたしは午前中にしていたホームページ更新の続きに取り組む。
と言っても動物の新しい画像や説明文の更新は済ませたので、ブログの内容ををどうするか計画を立てている段階だ。
いっそのこと、久慈さんが最初に言った「新人飼育員の奮闘記」をタイトルにしてしまおうかと考えたけれど、折角自由度の高い仕事を与えられたのだから、もう少しおもしろ味があるものにしよう…
[秘密の場所]
それにしても、あまり進捗しないブログの計画は時間が勿体ない気がする。 何か別の仕事はないだろうか…試しに訊いてみよう。
「久慈さん、ホームページの更新は終わっているので、わたしでもやれそうな仕事があれば回してください」
「お、丁度良かった。これをお願いしようと思っていたんだよ」
どうやらタイミングが良かったようで、久慈さんが資料の束をわたしのデスクに置いた。
「この資料を5枚で1部として30部作ってくれないかな?ホッチキスはデスクの引き出しに入ってると思う」
「了解です!え~っとホッチキスはデスクの引き出しに…あっ!ありました」
言われた通り資料をホッチキスで止めて作成して行く。
単純作業はあまり頭を使わなく済むからたまには良いなぁ、あれ!?服装はおもいっきり作業服だけれど、事務作業はOLのやってる事と変わりないんじゃない?などと想いながらやっていると直ぐに片付いてしまった。
「久慈さん、終わっちゃいました〜」
「えっ!?もう終わったの?なかなか手際が良いねぇ。じゃあこれもお願いしちゃうかな」
こんな感じで事務作業を進めていると、やしあか動物の閉園時間になった。
本日最後の給餌をするために担当の動物コーナーへ向かう。
「今夜の歓迎会は7時にやしあか食堂だから、給餌を済ませたらやしあか温泉に行ってさっぱりしよう」
昨日、事務所で久慈さんに着替えを持って来るように言われていた。
事務所の何処かにシャワーでもあるのかな?とばかり思っていたのだけれど…
「園内に温泉があるんですか?」
「あるよ〜、一般人では絶対に分からない秘密の場所に。そこは人間に化けられる妖怪達の寮と、やしあか温泉が並んで建てらているんだ」
そう言えば、やしあか動物園で人間の姿をしている妖怪達が、どんな所で寝泊まりしているのか気にはなっていた。
「そこって秘密の場所なんですよね?わたしと久慈さんだけで行って大丈夫なんですか?」
「ああ、大丈夫!園長に許可は取ってあるし、僕は何度も利用してるからね。因みに混浴じゃ無いから安心して良いよ」
「そ、そうなんですね…」
混浴だったら流石に無理でした。
そこはクリア出来たとして、妖怪達の使用する温泉は大丈夫なのだろうか?今はおどろおどろしいイメージしか湧かない。
わたしの顔が物語っていたのか、久慈さんが笑顔でフォローする。
「そんな心配そうな顔をしなくても大丈夫だよ。やしあか温泉の中を見たらきっと喜んで貰えるはずだから」
「分かりました。その言葉を信じて楽しみにしておきます」
まだ不安は残っていたけれど、取り敢えず自分を納得させる意味も含めてそう言った。
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