[幻の蛇 ツチノコ]
出勤二日目の朝は何事も無く事務所に着いた。
事務所のドアを開けると、既に何人かがデスクで仕事を始めている。
タイムカードを押して朝の挨拶を交わし、ロッカールームで作業服に着替えて自分のデスクに行くと、隣の席の久慈さんも仕事をしていた。
「久慈さん、おはようございます!」
「おはよう黒川さん」
「結構早めに着いたつもりだったんですけど、皆さん朝は早いんですね」
「妖怪達はここに棲んでるから通勤てものが無いしね。それに僕はたまたま仕事があって早かっただけだよ」
そうか、妖怪の人達はやしあか動物園が職場であり棲家なんだ…ある意味羨ましい。
「もう少しで朝礼が始まるから、そのあとは担当動物コーナーの掃除に行くからね」
「了解です!」
程なくして園長とリンさんが事務室に入って来て朝礼が始まった。
「はい!皆さん朝礼を始めまーす!」
飛縁魔でリーダーのリンさんが大きく元気な声を上げ、全社員がデスクに座ったまま注目する。
「皆さん、おはようございます」
園長が挨拶すると。
「おはようございます!」
全社員が一斉に挨拶を返した。
個性が強くて自我も相当な妖怪達でも、こんなに統制がとれるものなんだ。
美形だけれど鉄仮面の園長が続けて話す。
「ええ、朝から言いたくはありませんが、最近になって動物に悪戯をしている飼育員の方が居るようです。誰とは言いませんが、モン爺さんは気を付けるように」
えっ!?「誰とは言いませんが」という言葉が意味を成さない名指し攻撃。
「もしかしてモモンガの件かのう。あれは悪戯じゃ無くて愛でたつもりなんじゃが…」
モン爺さんがそう言うと園長がキッと睨みつけ、当の本人は青くなっていた。
「あ、いや、何でもない。すまんかった…」
何をしでかしたんだモン爺さん。
「それはさておき、やしあか動物園の企画として、幻の蛇である[ツチノコ]の導入を考えています」
ツチノコ!?全社員が園長の言葉にどよめく。
「今直ぐにという訳では有りませんが、そのうちツチノコ探索チームを結成して探しに行く事になるかも知れません。なので頭の片隅にでも留めておいてください」
ツチノコと言えば発見事例は数多くあれど、未だに捕獲されたことが無い正に幻の動物だ。
本当に実在すればという話しだけれど、人間には無理だった捕獲も妖怪にかかれば可能かも知れない。 仮に捕獲して飼育出来れば、やしあか動物園の目玉になるのは間違いないだろう。
園長の話しが終わり、リンさんが今夜の歓迎会の説明をして朝礼は終了した。
[掃除する!]
朝礼が終了すると園長とリンさんは園長室の方へ向かい、社員もパラパラと事務室を出て行く。
わたしと久慈さんは清掃のため担当動物コーナーへ歩いて向かった。
「ちょっと気になったんですけど、飼育員の作業服は誰が洗ってくれてるんでしょうか?帰り際に『使用した作業服はこちらへ』とあったので、そこにあった大きなボックスに入れたんですけど」
「あ、ごめん!使った作業服をどうするのか教えて無かったね。でもそのボックスに入れて正解だったよ。それを小豆洗いのアズキさんが回収して洗ってるんだ」
「まさか河原で手洗いしてるとか?」
残念ながらその程度のイメージしか湧かない。 久慈さんが苦笑して返答する。
「どうしてるのかまでは知らないけれど、流石にそれは無いんじゃないかな。全社員の分を洗ってるから、手洗いなんかしてたら一日では終わらないと思うよ」
「あはは、それはそうですよね」
たぶんコインランドリー並みの施設が園内のどこかにあるのだろう。
他にもやしあか動物園について質問しながら歩き、担当の動物コーナーに着いた。
最初に馬小屋から手をつけ、フンの片付けや寝床の藁の交換、飲み水の補給などをする。
動物の棲家だけに匂いが独特で、慣れるまでは時間が掛かりそう。
でもそんな事を言っていては仕事にならない。我慢して仕事に取り組んだ。
魔法でちゃちゃっと済ませるのも可能だけれど、それでは自分の成長のために良くない。重い物を持つ作業以外は極力身体を使って仕事をしようと思う。
仕事で汗をかいた分だけ自分の力となり身につく筈だ。
黙々と作業をしていると、旅人馬のシーバさんに後ろから話し掛けられる。
「あんた若いのにしっかり掃除してくれるんだな。ありがとよ」
話し掛けられて一瞬ビクッとなり、振り返ってシーバさんの姿を見てまたビクッと驚いてしまった。
馬の身体に人間の顔がついているその姿には、わたしの脳がまだ慣れていないらしい。
「仕事だから当然ですけど、シーバさんにそう言ってもらえると嬉しいし、やり甲斐を感じちゃいます!」
「そうかい、それは良かった。ところで、今夜の歓迎会はオレも出席するからよろしく頼むよ」
「えっ!?シーバさんここから出られるんですか?」
シーバさんが笑って返す。
「当たり前だろ。動物と一緒のスペースにいる妖怪は自分達の仕事として居るんだ。仕事が終われば、動物達と違って園内を自由に歩き回ってるんだぜ」
そうか、という事はこの動物園は夜になると、妖怪達がウヨウヨ歩き回る世界に変わるのか…
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