やしあか動物園の妖しい日常 20~21話

やしあか動物園の妖しい日常

[幻の蛇 ツチノコ]


 出勤二日目の朝は何事も無く事務所に着いた。
 事務所のドアを開けると、既に何人かがデスクで仕事を始めている。
 タイムカードを押して朝の挨拶を交わし、ロッカールームで作業服に着替えて自分のデスクに行くと、隣の席の久慈さんも仕事をしていた。


「久慈さん、おはようございます!」


「おはよう黒川さん」

「結構早めに着いたつもりだったんですけど、皆さん朝は早いんですね」


「妖怪達はここに棲んでるから通勤てものが無いしね。それに僕はたまたま仕事があって早かっただけだよ」

 そうか、妖怪の人達はやしあか動物園が職場であり棲家なんだ…ある意味羨ましい。


「もう少しで朝礼が始まるから、そのあとは担当動物コーナーの掃除に行くからね」


「了解です!」


 程なくして園長とリンさんが事務室に入って来て朝礼が始まった。


「はい!皆さん朝礼を始めまーす!」


 飛縁魔でリーダーのリンさんが大きく元気な声を上げ、全社員がデスクに座ったまま注目する。


「皆さん、おはようございます」


 園長が挨拶すると。


「おはようございます!」


 全社員が一斉に挨拶を返した。

 個性が強くて自我も相当な妖怪達でも、こんなに統制がとれるものなんだ。
 美形だけれど鉄仮面の園長が続けて話す。


「ええ、朝から言いたくはありませんが、最近になって動物に悪戯をしている飼育員の方が居るようです。誰とは言いませんが、モン爺さんは気を付けるように」


 えっ!?「誰とは言いませんが」という言葉が意味を成さない名指し攻撃。

「もしかしてモモンガの件かのう。あれは悪戯じゃ無くて愛でたつもりなんじゃが…」


 モン爺さんがそう言うと園長がキッと睨みつけ、当の本人は青くなっていた。


「あ、いや、何でもない。すまんかった…」


 何をしでかしたんだモン爺さん。

「それはさておき、やしあか動物園の企画として、幻の蛇である[ツチノコ]の導入を考えています」


 ツチノコ!?全社員が園長の言葉にどよめく。


「今直ぐにという訳では有りませんが、そのうちツチノコ探索チームを結成して探しに行く事になるかも知れません。なので頭の片隅にでも留めておいてください」


 ツチノコと言えば発見事例は数多くあれど、未だに捕獲されたことが無い正に幻の動物だ。

 本当に実在すればという話しだけれど、人間には無理だった捕獲も妖怪にかかれば可能かも知れない。 仮に捕獲して飼育出来れば、やしあか動物園の目玉になるのは間違いないだろう。
 園長の話しが終わり、リンさんが今夜の歓迎会の説明をして朝礼は終了した。

[掃除する!]


 朝礼が終了すると園長とリンさんは園長室の方へ向かい、社員もパラパラと事務室を出て行く。
 わたしと久慈さんは清掃のため担当動物コーナーへ歩いて向かった。


「ちょっと気になったんですけど、飼育員の作業服は誰が洗ってくれてるんでしょうか?帰り際に『使用した作業服はこちらへ』とあったので、そこにあった大きなボックスに入れたんですけど」


「あ、ごめん!使った作業服をどうするのか教えて無かったね。でもそのボックスに入れて正解だったよ。それを小豆洗いのアズキさんが回収して洗ってるんだ」


「まさか河原で手洗いしてるとか?」


 残念ながらその程度のイメージしか湧かない。 久慈さんが苦笑して返答する。


「どうしてるのかまでは知らないけれど、流石にそれは無いんじゃないかな。全社員の分を洗ってるから、手洗いなんかしてたら一日では終わらないと思うよ」

 「あはは、それはそうですよね」


 たぶんコインランドリー並みの施設が園内のどこかにあるのだろう。
 他にもやしあか動物園について質問しながら歩き、担当の動物コーナーに着いた。

 最初に馬小屋から手をつけ、フンの片付けや寝床の藁の交換、飲み水の補給などをする。
 動物の棲家だけに匂いが独特で、慣れるまでは時間が掛かりそう。

 でもそんな事を言っていては仕事にならない。我慢して仕事に取り組んだ。
 魔法でちゃちゃっと済ませるのも可能だけれど、それでは自分の成長のために良くない。重い物を持つ作業以外は極力身体を使って仕事をしようと思う。

 仕事で汗をかいた分だけ自分の力となり身につく筈だ。
 黙々と作業をしていると、旅人馬のシーバさんに後ろから話し掛けられる。


「あんた若いのにしっかり掃除してくれるんだな。ありがとよ」


 話し掛けられて一瞬ビクッとなり、振り返ってシーバさんの姿を見てまたビクッと驚いてしまった。
 馬の身体に人間の顔がついているその姿には、わたしの脳がまだ慣れていないらしい。


「仕事だから当然ですけど、シーバさんにそう言ってもらえると嬉しいし、やり甲斐を感じちゃいます!」


「そうかい、それは良かった。ところで、今夜の歓迎会はオレも出席するからよろしく頼むよ」


「えっ!?シーバさんここから出られるんですか?」


 シーバさんが笑って返す。

「当たり前だろ。動物と一緒のスペースにいる妖怪は自分達の仕事として居るんだ。仕事が終われば、動物達と違って園内を自由に歩き回ってるんだぜ」


 そうか、という事はこの動物園は夜になると、妖怪達がウヨウヨ歩き回る世界に変わるのか…

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