[わたしの家族]
「ピピピッ!ピピピッ!ピピピッ!」
昨日の朝は、電池切れで役目を果たさなかった目覚まし時計の音が鳴り響く。
電池交換を忘れるようなヘマもせず、今朝はしっかりと仕事をしてくれた。
ふかふかベッドの上で目を覚まし、起きようとすると…身体が重い。と言うか痛い。
ドラマに出てくるような爽やかでハツラツとした朝のシーンとは程遠かった。
先日の飼料袋を運ぶ仕事で、魔法を使う前に体力を使った所為だろう。
「筋肉痛なら暫く動けば楽にな~るっ!うっ!?」
勢い良くベッドから降りたものの足に激痛が走る!
若いのに運動不足が祟っているな…我ながら情けない。
わたしの部屋は、町の隅っこにある普通の一軒家の二階にある。
故に一階のダイニングキッチンに行くには、嫌でも階段を使わなければならなかった。
「イタタタ…」
足の痛みに耐えながら何とか階段を降り切り、ダイニングキッチンへ向かうと、いつものように母が朝食を準備してくれていた。
「おはよう、お母さん」
「あら、おはようサリ。今朝はちゃんと起きれたみたいねぇ」
「うん、今朝は目覚まし君が仕事をしてくれたから」
わたしのあだ名は名前の紗理亞から取って[サリ]と呼ばれる事が多く、家族からも[サリ]と呼ばれていた。
因みに母の名は黒川翔子(くろかわしょうこ)。
「いただきま~す」
家族団欒のとれるテーブルの椅子に座り朝食を食べ始めると、高校生で弟の黒川真(くろかわしん)が朝の挨拶をして隣に座る。
最後に父の黒川哲治(くろかわてつじ)が新聞を片手に挨拶を交わして、弟の対面に座り話し掛けて来た。
「サリ、昨日は仕事で遅くなって訊けなかったけど、やしあか動物園の仕事はどうだったんだい?」
父の見た目は映画の[トトロ]に出て来るお父さんのイメージに近く、仕事は大学の教授をしており、人に好かれやすい穏やかな性格をしている。
「ん~、想像してたのとだいぶ違ったけど、それはそれでOKかなって思った。何とかやって行けそうだよ」
わたしがそう言うと父はニコッとして返す。
「そうか、なら良かった。サリから動物園の飼育員をやるって聞いた時から心配してたんだ」
でしょうとも!当の本人でさえ心配していたのだから。
「大丈夫だよ、お父さん。心配してくれてありがとう」
父は頷き、新聞を広げて読み始めた。
「姉ちゃん、誤って魔法なんか使わないようにね。魔女だってバレたら働けなくなっちゃうよ」
朝食の目玉焼きを食べながら、しっかり者の弟が注意してくる。
「あの動物園は妖っ…」
「ん?」
危ない危ない。 やしあか動物園の実態を話してしまうところだった…
[通勤風景]
腕に着けたブレスレットを弟に見せる。
「この魔力封じのブレスレットをしていれば何も問題ないわよ」
「ふ~ん、なら良いけど」
家族にすら本当の事を言えないのは少し心苦しかった。
おっと!朝からゆっくり喋っている暇は無い。
料理を無理やり口に詰め込んで席を立ち、トイレを済ませ洗面所へ向かう。
急いで洗顔と歯磨きを終わらせて髪をとかす。
朝の時間はとても貴重でバタバタするけれど、幸いにして飼育員という職業は化粧をしない事が多い。動物たちが化粧の匂いを嫌うかだ。
お昼は先日決めた通りやしあか食堂で食べるので、お弁当は持って行かないと母には伝えてある。
寝間着から普段着にサッと着替え、前夜から準備しておいたリュックを背負って玄関へ向かう。
白のスニーカーを履き、ドアを開けて自転車を外に出した。
母がドアを開く音を聴き見送りに来てくれている。
「じゃあ、お母さん行ってきまーす!」
「いってらっしゃい!気を付けて!」
大学の時から使用している愛用の自転車に乗り駅へと向かう。
駅までの道のりは河原の土手を通るのだけれど、先日の通勤時と違い時間的余裕もあって空気をおいしく感じる。
天気も良好!足の筋肉痛も徐々に和らぎつつあった。
10分ほどで駅に着き電車に乗り込む。
わたしの乗る時間帯はさほど混雑していない。だから余裕で座席に座ることが出来た。
昨日の仕事帰りに本屋に寄って、時間を掛けて購入した本をリュックから取り出す。
最近の電車内はスマホを見ている人が大多数だけど、中には本を読む人もちらほら見かける。
若い女子が電車の席に座り、読む本と言えば文庫本サイズが相場だろう。
わたしの広げた本は文庫本とかけ離れてサイズが大きく分厚い本だ。
タイトルは[世界動物大図鑑]。
とにかく仕事上、動物のことを知らなければならいと思ったのだ。
新しい事を始める時は形から入る典型的なタイプのわたし。
読んでいると当然目立ってしまうので人の視線が気になるけれど、集中して読めば視線など関係無くなる。
電車が目的の駅に着くまでは30分掛かるから、往復すると一日一時間は動物の勉強に費やせるという事。少しでも時間を無駄ににしてはいけないのだ!
ザッと通して世界動物図鑑を読んでみると、まずは動物の種類の多さに驚かされる。
例えば兎一つとってみても、軽く10種類以上の兎の写真と説明書きがあった。
読めば読むほど動物に興味が湧いて来て、やしあか動物園にはどれだけの種類の動物がいるのだろう?と気になり出す。
こんな感じで興味深く読んでいると、あっという間に目的の駅へ着いた。
駅を出ると目の前にはやしあか動物園へと続く坂道がある。
遅刻しそうになり慌てて走った先日と違い、朝の静かな自然の景観を眺めながら歩いたのだった。
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