[妖怪たちの自己紹介]
「次はわたしの番じゃのう」
目の前でモン爺さんが倒れているのを助けもせず、一番近くに居た腰の折れ曲がったお婆さんが唐突に自己紹介を始める。
「わたしゃ白粉婆(おしろいばばあ)のトメじゃ。顔が白いだけで何も出来んがよろしく頼むわい」
トメさんの顔には白粉がこれでもかと言わんばかりに塗られている。
「こ、こちらこそよろしくお願いします」
失礼だけれど、その不気味な顔にちょっと引きつつ頭を下げて挨拶した。
続いて美形の若者が話し出す。
「フフフ、今度は僕の番だね。桂男(かつらおとこ)のジンだ。絶世の美男子という特徴以外に人の寿命を縮めるという特技を持っている。まあ人の為にならない男だがよろしく頼むよ」
「よろしくお願いします」
確かに余裕で芸能界デビュー出来そうな絶世の美男子のジンさん。でもナルシスト感が半端なく、だいぶイタイ人なのかなとも思う。あと寿命を縮めるという能力は是非封印して欲しい…
こんな具合に次々と自己紹介を受けて、不思議で濃密?な時間が流れ、リンさんを含めた全員の自己紹介が終わる頃には結構クタクタになっていた。
普通の人間では無い所為か一人一人の個性が強く、妖怪ってRPGで言うところのデバフ系、つまりネガティブな能力が多過ぎる印象。
一応職場の先輩なので失礼とは思うけれど、わたしの現時点での妖怪たちへの感想は意外な事に、「この人達となら仲良くやっていけるかも」になっていた。
「黒川さんの歓迎会を明日の夜行います。お酒もたっぷり呑めるのでみんなお願いしまね~」
リンさんがそう言って部屋から出ると、全員がガヤつき盛り上がっていた。
わたしがデスクに戻ると久慈さんがその光景を見て笑顔になっている。
「ハハハ、みんな酒が大好きだから嬉しそうだ」
「妖怪との呑み会って楽しめるんでしょうか?初めてでかなり不安なんですけど…」
「だろうね。でもそれは心配無い。彼らとの呑み会には10回以上参加してるけど、とても愉快で楽しいものだ。それに万が一に備えて園長も必ず参加してるしね」
「それを訊いて少し安心しまた。でも園長って呑んだらどうなるんですか?」
「ああ、そいう場での酒は控えてるみたいでよく知らないんだ。妖怪たちから聞いた話しでは、酔うと陽気になって声を上げて笑うらしいよ」
鉄仮面の園長が声を上げて笑う姿か…是非とも見てみたい…気がする。
不意に腕時計を見て久慈さんが言う。
「おっと、もうこんな時間か。黒川さんは弁当か何か持って来てるかい?」
「あ、いえ、今日は何も持って来ていません」
いつの間にか昼時になっていて、気付けばわたしのお腹もグーグー鳴っているようだった。
[やしあか食堂]
「そっか、じゃあ今日は黒川さんの初出勤を祝して僕が奢ってあげるよ。と言っても園内の食堂だけど」
「え!?良いんですか?でもお金は持って来てるので大丈夫ですよ」
「あ、いや。良いんだ良いんだ。最初からそのつもりだったんだよ。だから気にしないで」
「そうなんですね。ありがとうございます!」
ここは厚意を素直に受けておこう。悪戯はされたけれど、久慈さんて良い先輩なのかも知れないな…
二人で園内にある[やしあか食堂]まで移動した。
時間帯が丁度お昼時という事もあり、食堂内は一般客で賑わっている。
「社員の食事を摂るスペースはあっちの部屋なんだ。先にメニューを選びそこのメモに記入して食堂の人に渡す。そうしておけば、あの部屋まで持って来てくれるから」
「了解です。えっとメニューは…」
メニューには10種類以上の定食があり、バラエティに富んだ単品商品も充実していて、お腹が減っているわたしは選ぶのに迷ってしまった。
「迷った時は日替わり定食を選ぶと良いよ。僕はいつもそうしてるんだ」
なるほど、その選択肢もあったか。今日の日替わりは[チキン南蛮とエビフライのミックス定食]となっている。いけない、字を見ただけでヨダレが出そう。もうわたしには迷いなど無かった。
「この日替わり定食にします!」
「オッケー、僕も同じのにしとくよ」
久慈さんが注文をメモに書いて食堂のお姉さんに渡し、社員専用の部屋へ移る。
中は折りたたみ式のテーブルとパイプ椅子が並べれているだけの簡素な部屋だった。
テーブルを挟んで対面に座り料理が運ばれるのを待つ。
ここで一つケチ臭い質問をしてみた。
「この食堂って社員割引とかあるんですか?」
どうでも良い質問に聞こえるかもだけど、長く勤めればこの食堂を利用する回数は多くなるだろう。わたしにとっては重要な事なのだ。
「もちろんあるよ。定価の2割引きで食べれる」
「2割引きですか~。それはわたしとって有益な情報です」
「ハハハ、少しでもお得な方が良いからね。だから僕はこの食堂をいつも利用してるんだ。黒川さんて結構しっかりしているところもあるんだね」
ん!?他はしっかりしているように見えていないのか…まあ、今までしっかり者だと言われた事もあまり無かったけれど。
「貯金して貯まったら車が欲しいんですよねぇ」
「えっ!?魔女でも車とか欲しいんだ?僕の偏見かも知れないないけど、魔女はホウキで飛ぶから必要無いのかと思ってたよ」
「久慈さん、それは偏見です。今どきホウキに跨って空を飛んでいたら、SNSに投稿されて生活が出来なくなってしまいますよ」
ホウキで飛ぶことは簡単で確かに便利なんだけどなぁ…正に宝の持ち腐れ。
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