「折角だから少し休憩しようか」
「待ってましたよその言葉!ありがとうございます。もう朝から心臓に悪い出来事の連発で参ってしまいました」
久慈さんもベンチに座り二人並んで休憩しながら会話する。
「黒川さんの妖怪に驚く姿を見ていると3年前の自分を思い出すよ。僕の時は園長直々に仕事を教えくれたんだけど、悪戯もいっぱいされたなぁ…あっ!僕が驚いて青くなってるのを見て、ケラケラと笑う園長の顔を思い出した。あれは酷かったよな~」
あの鉄仮面園長ってケラケラ笑う事もあるんだ…意外な感じがするけどわたしも見てみたい。いや待て、そこまでの興味はないか。
それより訊きたいことがあるんだった。
「わたしが今日来る以前は、この動物園の人間って久慈さん一人だったんですよね?よく3年間も続けて来れたな~と思って」
久慈さんは過去を思い出しているのか、目を遠くへ向け微笑みを浮かべている。
「…そりゃぁ、3年間で一度や二度はこの仕事を辞めたいと思った時もあったよ。でも今は、動物たちや妖怪たちと過ごす時間が楽しくてしょうがないんだ。トラブルもあったりするけれど、この仕事が好きでさえあるよ」
職場が楽しいとか好きと言えるのは素晴らしい事だと素直に思った。
人間は有限である人生の約3割を仕事で費やすらしい。その時間をただ苦痛を感じながら過ごすのか、それとも有意義に過ごすのかでは人生の満足度に大きく影響するだろう。
「わたしもそんな風に考えられる日が早く来ると良いなぁ…」
「僕の見立てでは全然大丈夫だよ。黒川さんの環境への順応性は普通の人と比べて圧倒的に凄いような気がするし、実はね…おっと、この話しはまた別の機会にしておくかな」
「褒められたのは嬉しいんですけど、話しを途中で止められると気になります。良ければその話しの続きを聞かせてください」
話しの流れにもよるけれど、途中で止められる話しは気持ちが悪いものだ。
「…うん、だよね。そんな大した話しでもないからまあ良いか…さっき君が少し触れていたけれど、人間がずっと僕一人って訳でも無かったんだよ」
「えっ!?」
またまた驚かされた。何て日だ! でもそう言えば、久慈さんはわたしの質問に一つ答えていなかった。人間がずっと一人だったとは一言も言っていない。
「僕がいる間に二人の社員が入社したんだけど、一人は初日で、もう一人は一週間で辞めてしまったんだ」
わたしの高くもなかったテンションが落ちる。 なるほど、久慈さんが途中で話しを止めた理由はこれだったか…
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