[衝撃の事実]
園長が前のめりになって頬杖をつき薄笑いを浮かべた。
なんだ、この人も別の表情ができるのね…
「隠しても無駄です。面接で初めて黒川さんに会った時から分かってました。というか君が魔女だからこそ採用したんですよ」
「え!?………」
魔女だから採用してくれたの!?なにそれ!?それに園長って何者だろう?
何て言おうか…でもこの感じだとクビって結末は無さそうだけど。
仕方ない。もう覚悟を決めて話してみるかな。
「確かに、園長のおっしゃるようにわたしは魔女です。でも、それを確認してどうするんですか?」
「ハハハ、そんなに構えなくて大丈夫ですよ。君の口から真実を訊きたかっただけです。何にせよ、今から腹を割って話さなければならないのですから」
わたしの顔が緊張でこわばっていたのだろか?それより園長の言った言葉から察するに、またとんでもない話が飛び出すような気がする。
「君が魔女であるように、この世界には多様な種が存在するのを知っているかな?」
「…少しなら知ってますけど」
魔女であるわたしは悪魔や精霊、妖精や幽霊を実際に見た経験があった。
「ん~、これは話すより実際に見て貰った方が早いかもですね。黒川さんは普段、何かを身に着けて魔女の力を封じてますよね。それを外して私を見て貰えますか?」
御名答。外出する時は必ず「魔力封じのブレスレット」を着けている。誤って魔法を使い、人に魔女だとバレたくないからだ。
わたしは言われた通り腕のブレスレットを外し、目を凝らすようにして園長をジッと見る。
「ひゃっ!?」
とんでもないモノが目に映り思わず叫んでしまった。
ハッキリとではないけれど、園長の身体の中に不気味で異形な人が見える。
「私が普通の人間でないのは分かりましたか?この姿は妖力を使って変えてあるのです。私は「ぬらりひょん」と云う妖怪なのですよ。」
妖怪かぁ、今まで実際に見たこと無かったから、妖怪こそが人間の空想上の産物だとばかり思っていた。
「あの、魔女のわたしですら妖怪さんと会ったのは初めてなんですけど」
「ハハハ、そうでしょうね。妖怪は人類の発展と共に居場所が無くなり、ほとんどの妖怪たちが秘境のような場所へ追いやられましたから」
「なら、なぜ園長はこの動物園にいらっしゃるんですか?」
「私がここに居るのは妖怪たちのためですよ。この動物園は私が人間になりすまして、一から立ち上げたテーマパークであり、妖怪たちの新たな居場所でもあるのです」
ん!?ということは…
「もしかして、この動物園には園長以外にも妖怪がいるんですか?」
「ああ、ここに居る人間は黒川さんと久慈君の二人だけで、あとの従業員は全員妖怪だよ」
「なっ!?」
なんと、ここはあやかしだらけの動物園だったという衝撃の事実!
[誓約を結ぶ]
「話を前に進めさせて貰いますよ。つまり、この動物園は妖怪の手により運営され、棲家にもなっているということです。だから、部外者の人間に事実を知られるわけにはいかない。その為に今から誓約を結んで貰います」
「誓約?」
園長がデスクに置いてある書類を取ってわたしに差し出す。
「事前に準備しておいた誓約書です。内容を読んで問題が無ければ署名をして下さい」
テーブルに置かれた誓約書に目を通すと、「動物園の妖怪に関する一切の情報を、久慈公彦以外の人間に知られてはならない」と書かれている。
その直ぐ下の方には、「上記の誓約を破った場合は、この動物園に関する一切の記憶を失うものとする」と書かれていた。
「誓約書に書かれている内容は、私の妖力を練り上げた念が込められています。だから、君がもし誓約を破るような事があれば、強制的に罰則規定が発動する仕組みになっているのですよ」
こんな誓約書が無くても、人に話すつもりはないんだけどなぁ。
「念のための誓約書ですよね。喜んで署名させていただきます」
わたしはテーブルに置いてあったペンを借りてあっさり署名すると、誓約書が目が眩むほどの光を放ち一瞬にして消えた。
「これで誓約は結ばれました。黒川さん、改めてよろしくお願いしますね」
「こちらこそよろしくお願いします!」
園長とガッチリ握手を交わしたけれど、その手は普通の人間と変わらない温もり感じた。
園長室を出て事務室を通りロッカールームへ向かう途中で、久慈さんがわたしのデスクの隣で仕事をしているのを見掛ける。
「久慈さん!園長の用件が済んだので今から着替えて来ますね!」
「お、待ってるよ~」
ロッカールームに入りカギを使ってロッカーを開けると、新品で薄い灰色の作業着が置いてあった。
早速それを袋から取り出して、私服から作業着に着替える。
作業着を生まれて初めて着てみたけれど、OLの着るスーツや制服と違って華やかさや女の子らしさは微塵も感じない。
でも動き易さは抜群だなと思いつつ、久慈さんの待っているデスクへ向かった。
「久慈さんお待たせしましたぁ!」
「ごめん黒川さん、今やってる仕事のキリが悪いんだ。デスクのパソコンでも開いて少し待っててくれるかな?」
「了解です!」
職場の自分の椅子に初めて座り、初めてパソコンを立ち上げる。
家にも自分用のデスクとパソコンはあるけど、会社の事務所という慣れない環境の所為か、同じ行為をしてるのに不思議と新鮮だった。
立ち上がったパソコンのデスクトップ画面は、ファイルが整理されいてさっぱりしている。
わたしがデスクの引き出しを全部確認すると、タイミング良く久慈さんの仕事も一段落したようだった。
[教育係の久慈さん]
「ごめん、待たせたね黒川さん。じゃあ、動物たちの給餌(きゅうじ)に行こうか」
「はい、お願いします!」
久慈さんと一緒に歩き、事務所から出て園内を進んで行く。
「あっ!訊くのが遅れたけど、メモ帳と筆記用具は持って来てるかな?」
「大丈夫ですよ。ここに入れてあります」
わたしは胸ポケットを指差してメモ帳が入っている事を示した。
「いま気付いたんだけど、その作業服意外と似合ってるね」
「そ、それはどうも…」
作業服が似合うと言われて喜ぶ若い女性が、世間にどれだけいるのだろうか?
決めつけるのは良くないけれど、久慈さんは女心が分からないタイプの人なのかも知れない。
敢えて違う話に持って行こう。
「あの、当たり前の話なんですけど、開園前の動物園は初めての経験なんです。お客さんがいないからとても静かで、動物たちの鳴き声が凄く響くんですね」
わたしは内定を貰ってから観覧客として、この動物園を何度か訪れている。
だから、開園中と開園前ではこんなにも違うのかと少し驚いていた。
「うん、動物たちの鳴き声が良く聴こえるよね。僕は開園前の静かな動物園が一番好きなんだよ」
久慈さんは気持ち良さそうな顔をしていた。
この雰囲気が気に入りつつあったから気持ちは何となく分かる。
「ところで黒川さん、園長からこの動物園の秘密は聞いたかい?」
おっと!急に重い話題をぶっこんで来ましたね、久慈さん。
「…えっと、はい、聞きましたよぉ。朝からめちゃくちゃびっくりさせてもらいました。でも本当の話しなんですかね?人間はわたしと久慈さんだけで、あとの社員は全員妖怪だなんて」
「僕も初出勤当日に聞かされて信じられなかったけど、本当の話しだよ。ちなみに数種の動物たちの中にも妖怪がいるからね」
「えっ!?動物の中にもですか!?」
という事はここまで歩きながら動物を見てるけど、中には妖怪が居たかのもしれない。
今はブレスレットを着けてるので何も見分けがつかなかった…この動物園で働く時は外した方が良いのかも。
わたしはブレスレットを外してポケットに入れ、鳥が数種いる檻の方に目を向けた。
4つある檻の右端にいるアオサギの中に、青白い火の玉が見える。
「げっ!?あのアオサギはひょっとして妖怪ですか?」
「おっ!正解だよ。やっぱり魔女には分かるんだね」
!?、そっか、久慈さんはもう知ってるのか。
「あの、わたしが魔女だってことは誰に聞いたんですか?」
「園長だよ。君の教育係に指名された時に教えてくれた。僕の口の堅さは折り紙付きだから心配しなくても大丈夫!絶対他言はしないと約束するよ」
今迄の人生の中で今日が一番ドキドキする日になりそう。
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