究極の魔女はダンジョン系セラピスト 5~8話

究極の魔女はダンジョン系セラピスト

[マリムの出迎え]

「………………….」

 
 マリムの姿を見たカミュは暫く言葉が出て来なかった。
 相談に行った時のマリムの言動の印象からして、彼女がこの場に居ることが信じられなかったからである。


「君!人がわざわざ出向いて訊いてるのよ。早く答えなさい!」


「あ、すみません!すみません!泊まる場所は決まって無いです!というかお金も無いのでどこかで野宿するつもりでした!」


 マリムが怖いのか取り乱して答える。
 「はーっ」と溜息をついてマリムが言う。


「君を見てると昔の私を思い出してしまうのよね…仕方無いわ。セラピストとしてで無く、一人の人間として話を聞いてあげるから取り敢えず私の家に来なさい」


 いつの間にか涙を流していたカミュが泣き笑いする。


「ほ、ほ、本当に良いんですか?」


「究極の魔女に二言はないわ。それと、男が簡単に涙を流してはダメよ。さあ私の後ろに乗るといいわ」

 マリムはそう言ってカミュの目の前に後ろ向きでスッと移動する。
 カミュは箒の柄の隙間にまたがり、マリムの腰に掴まった。


「しっかりと掴まるのよ」


「はい!」


 箒にまたがった二人の身体は地面から20メートルほど浮き上がり、「ビュウッ!」と音を立てて家に向かって飛んで行った。
 家に着いてマリムが玄関のドアを開けると、黒猫のレコが走って来て出迎える。


「無事に少年を連れて来れたみたいだね。良かった良かった」


 レコは、カミュがダンジョン係のティルミから説明を受けている間に、家へ帰りマリムに状況を報告していたのだった。

「レコ、少年の着替えとお風呂の準備はできてるの?」


「もちろん!バッチリ準備してあるよ」


 レコは自信満々に言った。

「君、そのなりを見る限り何日も風呂に入って無いんでしょ?この猫が案内するから先に風呂に入って身体を綺麗にすると良いわ」


「あ、はい!」

 カミュはレコに案内されてバスルームへと向かう。
 その間にマリムは一日の仕事の整理と後片付けを始める。
 この家のバスタブは楕円形の形をしていて、3人くらいは余裕で入れる大きさがあった。
 そのバスタブには暖かくて綺麗なお湯が張られていて、周りにはアロマポットが置いてありハーブの香りが漂っている。


「な、なんだか入るのが勿体無いんですけど…」


「そんなことは無いし、早く入らないとマリムに怒られちゃうよ」

「そ、そうですね!?では遠慮なく!」


 カミュはレコに言われると慌てて汚れた服を全部脱ぎ、急いでシャワーを浴びて「ザブン!」とバスタブに浸かったのだった。

[最強の勇者エヴェル]

 入浴が終わりタオルで身体を使い拭いていると。

 見知らぬ男の子がバスルームに来てカミュに服を差し出した。


「はい、これが着替えだよ。ボクのサイズだから窮屈かも知れないけど我慢して」

「…えっと、ありがとう」


 渡された服を着ていると、その男の子がバスタブの栓を抜きお湯を排出させ、バスタブの掃除を始め出した。 カミュは「ハッ!」として気付く、男の子が右手首にはめている赤い腕輪が、黒猫のレコがしていた首輪と同じだったからである。


「もしかして君は黒猫のレコ?」


 掃除をしていた男の子が手を止めずに言う。


「もしかしなくても僕はレコだよ」


 レコは魔法の使える特殊な猫で、人間の姿になることが出来るのである。

「それより君、着替え終わったんだったらマリムのところに行った方が良いよ」


「は、はい!」


 カミュはバスルームを出ると、相談に訪れたことのあるマリムの仕事場に向かった。


「失礼します」


 「コンコン」とノックをしてそう言って待つ。

「…入っていいわよ」


 部屋の中から声がして部屋に入ると、マリムが部屋の角にある机の上で紙に何かを書いている最中だった。


「そこに座って待ってて、もうすぐ仕事も片付くから」


 カミュは椅子に座り待っている間に部屋を見渡す。

 一通り見渡していると、本棚の上に賞状のような物が額に入れて置いてあった。


 目を凝らしてみると一番上に「エルジオ・ダンジョン100階層到達メンバー」の文字が見える。


「マリムさん、そこの本棚の上に置いてある額を見てもいいでしょうか?」

「どうぞ~、好きに見ていいわよ」


 カミュは本棚に近寄り額を手に取って書かれている内容を見てみた。

 一番下にはギルド・エスカイアの文字があり、ギルドから発行された賞状らしいことが分かる。


 箇条書き形式で一行に一人書かれた5人の名は一番上から


 エヴェル・フォスター


 セイニー・ローニア


 マリム・アーティル


 ダイタル・ランダー


 ロク・ジェン


 遠い町で生まれた13歳のカミュでさえ、ここに書かれている者の名は知っていた。
 その中でもカミュの目線を留まらせたのは、一番上に書かれているエヴェル・フォスターの名である。
 彼こそがカミュの憧れる世界最強の勇者だった。


「よし!本日の仕事は終わり!少年一緒に夕食を作ろう」


「料理、ですか?料理だったらお風呂のお礼に僕が一人で作ります!マリムさんはゆっくりしていて下さい」

「…君は本当に料理ができるの?」


「一人暮らしが長かったのでずっと自分で作ってました。だから任せてください!」


 13歳にして「一人暮らしが長い」という言葉が、ここまでの人生を物語っているようでもあった。

[料理の腕前]

 キッチンへ二人で移動してマリムから食材や調味料、調理器具などの場所を教わりカミュは調理を開始した。


「少年、後は任せたわよ」


 マリムはそう言ったあとバスルームへ向かう。


「レコ~、お風呂の準備はできてる?」

「もうすぐバスタブのお湯加減が丁度良くなるよ」


「じゃあ夕食の前にお風呂を先に済ますわね」

「え!?夕食は誰が作るのさ?」


「あの少年が作れるって言うから任せて来たわぁ」


 マリムは澄まし顔で服を脱いでいく。

「なんだかずるいなー」


 不満そうにしてレコはバスルーム出て行った。
 キッチンではカミュがテキパキ動いて料理を作っている。
 様子を見に来たレコが話しかけた。


「うわぁ、本当に料理ができるんだねぇ?」


 手を休めずにカミュが答える。


「8歳の頃から料理を作るようになって、今じゃ得意と言えるほどになったんだよ」

「へ~、そんな小さい頃からなんで料理なんかやってるの?」


 レコがそう問いかけると、カミュが急に黙り込み沈黙が流れた。
 暫くすると黙っていたカミュが重い口を開く。


「…家族がみんな、モンスターに殺されたんだよ」


「…ごめん、聞いたボクが悪かった」


 レコは質問したあと直ぐに後悔していたのだが、カミュの話を聞いて尚更後悔したのだった。
 それを感じ取ったカミュが少しの元気を出して言う。

「僕の方こそごめん!5年も前の話だから気にしないで。それにもうとっくに立ち直ってるから大丈夫!」


「そっか…あ、ボクに何か手伝えることはあるかい?食器でも準備しようか?」

「ん~、それじゃお願いしようかな」


 こうしてレコの手伝いもあり、キッチンのテーブルには次々と料理が並べられて行く。
 風呂から上がったマリムが鼻歌を口ずさみながらキッチンに入ると、テーブルの上には色鮮やかな料理がたくさん並べられていた。

「な、なに!?まるでレストランのようなこの料理群は!?少年!これを全部君が作ったの?」


「あ、レコにも手伝ってもらって…すみません。ちょっと張り切りすぎちゃいました」


 カミュは申し訳なさそうにして謝る。

「いえ、謝らなくて良いのよ。最近は食材を消費できてなかったから丁度良かったのかも知れないわ」


 レコは人間の姿をしたまま椅子に座り早く食べたそうにしている。


「早く食べようよ。ボクはお腹が減って死にそうだ」

「はいはい。少年!君も早く座って一緒に食べるわよ」


「は、はい!」


 三人は手を合わせ神に祈りを捧げると一斉に食べ始める。
 マリムが一口食べると表情が美味しいと語っていた。


「少年!これは凄い!見直したわぁ!」


 三人の中でも特に勢い良く食べていたのは、3日間で水以外口にしていないカミュである。
 マリムとレコの二人はいつもよりガツガツと食べていたのだが、カミュのあまりにも勢いのある食べ方を見て驚いていた。

[エヴェルとの出逢い]


 夢中で料理を食べていたカミュが二人の視線に気付き手と口の動きを止める。

「君、物凄い勢いで食べるわね。消化に悪いからもうちょっとゆっくり食べた方が良いわよ」


 13歳の姿のマリムがまるで母親のような言い回しをする。

「すびばせん。3日間水しか口にしていなかったものですから無我夢中で食べてしまいました」


「3日間も!?レコにギルドへ行った話を訊いたけど、良くそれで走ったりできたわね!?」

「こう見えて体力には自信があるんです。それに一日何も食べずに過ごすことにも少し慣れてしまって…」


 マリムが神妙な面持ちになって言う。


「そうだったの…なら好きに食べると良いわ」


 それから三人は無言でテーブルいっぱいあった料理を食べ尽くした。 自分が作るよりずっと美味しい料理にマリムは満足している。


「ふ~食べた食べた。君は料理の才能があるみたいね。久々に美味しい手料理を食べさせて貰ったわ」


「究極の魔女さんに喜んで貰えたみたいで僕も光栄です」


 レコはというと二人と比べて身体が小さい所為か、早々と満腹になりグロッキー状態になっていた。

「君、名前はカミュで良かったわよね?」


「そうです!カミュ・ローグハートです!」

「カミュ、なぜ勇者になりたいのか教えてくれる?」


 真剣な表情をしたカミュが話し出す。

「僕はここから遠く離れたアウグール国の小さな村キャメルで生まれました。父と母は優しくて働き者で僕はそんな二人が大好きで、三人で仲良く幸せに暮らしていたんです。あの日、モンスターが村に現れるまでは…」


「その話は5年くらい前に聞いたことがあるわ。アウグール国のダンジョン[バーゴ]からモンスターが外に出てしまい、いくつかの町や村が襲われたと…君の村もその一つだったのね」


「…はい。村にも多くのモンスターが現れました。そして、突然僕の家の窓を破り入って来たモンスターに父と母は殺されてしまったんです。僕もすぐ側に居たのでモンスターに襲われそうになったんですけど、ある人に助けられました」


 マリムが何かに気付いたような顔する。

「それって私が一緒にパーティを組んでたエヴェル・フォスターのことかしら?」


「そうです。あなたの良く知る世界最強の勇者エヴェルさんが助けてくれました」


「いつだっか忘れたけれど、エヴェルからその村での話を聞いたことがあったわ。当時の彼はまだ冒険者ではなく、旅人として世界を渡り歩いていたらしいけど」


「そうだったんですね。…それで助けられた時にエヴェルさんが言ってくれたんです。「泣くな少年!君の人生はこれからだ。強くなって生きろ!」って」

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