[あやかし]
砂かけばばあの迷惑行為による砂の片付けを終えてからムギに訊いた。
「ムギ、昼間に現れた白いスーツ姿の男は何て妖怪か知ってるのか?」
ムギがこめかみの位置に指を当てて答える。
「ん〜、たぶん妖狐の一種で白狐(びゃっこ)っていう妖怪だと思う」
白狐って確か縁起のいい妖怪じゃ無かったか?
この古書店にいい事が起こるかも知れない…ん!?でも砂かけばばあが直後に来てるし…もう一つムギに訊いてみた。
「もしかしてだけど、この古書店に現れた妖怪って今日が初めてじゃないんじゃないか?」
「あ、うん。実は人間に化けれるようになる前から見えてた。人間に化けて来る妖怪や、姿を消して来る妖怪、何も隠さず堂々と来る妖怪もいたのよ!」
聞いていたタマが我慢ならぬといった感じで口を出す。
「待て待て!ボクはムギから何も聞いて無いし、見ても無いぞ!なんで今まで教えなかったんだよー!」
「だってタマに教えたら大騒ぎするじゃない。だから言わずに黙っておこうって思ったのよ」
ムギの言っている事は至極当然であった。
「今度からは教えてくれよな!じゃないとボクが拗ねちゃうぞ!」
拗ねるだけなら教えない方が賢明かも知れないな。
「分かった今後は気をつけるわ。でも大騒ぎしたらダメよ」
「いつもいつもボクが大騒ぎすると思ったら大間違いだぞムギ!こんなボクでも分別をつけられるんだからな!」
タマが分別をつけて行動した姿を見た記憶は無かった。化けらるようになる前からヤンチャだったし。
僕はもう一つ気になることをムギに訊いた。
「しかしムギ、君はいつから妖怪に詳しくなったんだい?人間の僕たち家族と小さい頃から一緒で妖怪と関わることも無かった筈だけど」
「この古書店にある本を読んだの。古い本ばかりだけど、結構詳しく書いてある本もあっておもしろいよ。自分が猫又だって分かったのもここの本のお陰だし」
僕はムギの言った事に驚いた。
「本を読んだって言ったけど、ムギは日本語の字が分かるのか?」
「うん読めるよ!父さんがここで本を読んでる時に一緒に見てたら読めるようになってたわ」
「タマも読めるのか?お客さんに本を探したりしたんだよな?」
「ああ、ボクは正確には読めないよ。文字を絵みたいな感じで記憶してるだけだから」
二人の話しを聞くと、差異はあっても知能の高いことが分かる。
僕は猫又のことや他の妖怪のことも勉強しておこうと心に誓う。
「今日はもう店を閉めて帰ろう」
その日の夕食は秋刀魚の塩焼きで、タマは直接かぶりつき、ムギは器用に箸を使って食べていた。
[猿の妖怪 狒々(ひひ)]
「おーいこっちこっち!猿がたくさんいるぞー!」
はしゃぐタマが僕とムギに手振って呼んでいる。
僕たちはタマとムギのたっての希望で動物園に来ていた。
なんでも古書店に置かれている動物図鑑を何度も見返すほど動物が好きなんだそうだ。
タマはトラで、ムギはなぜか分からないがハクビシンを必ず観たいようである。
どちらにしても広い意味でネコ系の動物を選択するところが興味深い。
今はタマに呼ばれて日本猿の群れを観てた。
「日本猿って集団で行動するんだよな!?ボス猿はどいつだ~!?」
タマがそう言ってボス猿を探して始めるの。
僕は体が大きくて年寄りっぽい猿を指差した。
「なんかあいつ貫禄あるぞ!あの猿じゃないか?」
「確かに貫禄はあるけどあの猿じゃないわ。たぶんあの猿よ」
ムギの指差した方を見ると、僕が見つけた猿より一回り大きくボス猿っぽかった。
タマに聞かれたく無いのか、ムギが僕の耳元に顔を近づけて小声で言う。
「あれがボス猿だとは思うんだけど、妖怪の狒々(ひひ)でもあるみたいなの」
「え!?こんなとこにも妖怪がいるってのか?」
驚いて思わず声を上げてしまった。
「シ~。タマに聞こえないように話して。タマが知ったらまた何も考えずに声をかけるかも知れないでしょ」
古書店では砂かけばばあに躊躇せず話しかけていたからそう考えるのが妥当だろう。
「それに狒々にとってはここが楽園みたいなものだから、何もしなければ問題ないわ」
「ちょっと待てムギ。その狒々の様子がおかしい」
狒々が急に牙を剥き出しにして何かに対して威嚇している。
「シャーーッ!」
横から猫の威嚇するような声が聴こえた!? 横を見るとタマが狒々を威嚇していたのである。
興奮して耳が突き出し猫目になっていた。
「おすわりっ!」
咄嗟に言うとタマがおすわりポーズをとり静かになった。
「タマ!なにやってんだ!?耳と目を早く元に戻せ!」
「あ、悪い悪い」
耳が消えて目も人間の目に戻った。
「タマ、なにがあったの?」
ムギが心配そうな顔をしている。
「いや、あの猿がボクと目が合った瞬間に牙を剥いて威嚇して来たんだよ。で、ボクが頭にきて威嚇のお返しをしてただけ」
もしかしてあの狒々はタマが妖怪であることに気づいたのだろうか?にしても…
「理由はどうであれ、人の多い場所でああいった行動は控えてくれないか?もし誰かに見られたら大騒ぎになってしまうからな」
「ん~そうだな。今回はボクが悪かったよ」
素直に謝ってくれたが今後も指導することになるんだろうな…やれやれである。
「狒々は落ち着いたみたい。あの様子だともう大丈夫そうよ。だけど気をつけてねタマ」
「あーい」
僕たちは狒々のことは忘れるようにして、別の動物を観に移動したのだった。
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