[忍びの国]
各々が好みの飲み物を注文して運ばれて来た。
ガイツが片手にジョッキを持って立ち上がる。
「コホン。では、見事にエルドラゴンを倒してくれたレオンと、ゾルクが深傷を負ったが回復して全員が帰還出来た事を祝して、乾杯!」
「乾杯!」
みんなが賑やかに飲み食いを始めた。
俺も一緒になってガンガン酒がすすむ。
暗殺者であった頃は仕事に支障が出るといけないので、滅多に口にする機会は無かったが酒は好きだった。
この身体はアルコールに対する耐性が強いのか、いくら呑んでも泥酔状態までは至らない。
楽しんで酒を呑んでいると俺の正面に座っていたリベックさんが話し掛けて来た。
「レオンお前これから生活とかどうするんだ?」
生活か…大きな目的はハッキリしているが、他は何も考えていなかった。
「生活の事はまだ何も考えてませんが、僕には必ず達成しなければならない刑があるんです」
「刑」というワードを聞いて他のみんなが俺に注目する。
酒の影響も少しはあったろうが、口にしたことを少し後悔した。
「穏やかな話じゃ無さそうだな。その刑ってのは何だ?」
言うべきか迷ったがこの人達を信用する事にした。
「異世界統一の刑です」
「何だそれ!?」
リベックさんをはじめ、他のみんなも驚きの表情になる。
「この世界の国々を5年以内に一つに纏めないと、俺の存在が完全な無になってしまうんです」
「…信じ難い話だな。冗談で言ってないのは分かるが本当なのか?」
「本当です。あの世で女神アテナに告げられました」
「あの世に女神アテナか…」
場の空気が一気に重くなっていた。
「この話は置いといて、この場は楽しみませんか?」
みんなが黙り込んでいる。
場の空気を変える事は出来なかった。
そんな中ガイツさんが口を開く。
「レオン、今みんなが黙り込んでいるのはたぶん、君の為に何かできる事は無いかと考えてるからなんだよ」
良かった、そうだったのか。
てっきり俺を見る目が変わってしまったのかと心配してしまった。
リベックさんが訊いて来る。
「異世界統一なんて途方もない話だが、俺がお前だったら「忍びの国」から手をつけるな」
「忍びの国ってどんな国なんですか?」
「忍者と呼ばれるジョブを持つ者達が集まって出来ている国だ。規模は13ある国々で一番小さいんだが、そのジョブが強力で恐れられている」
この世界にも忍者が存在しているのか。
暗殺者になる過程で忍者について学んだ事もあった。
リベックが続ける。
「忍びの国の王になるには、あれやこれやと考える必要がない。王に勝負を挑み、一騎打ちで勝てばそれで新国王だ」
[挑戦者の条件」
それだけでと言っては何だが、一騎打ちに勝つだけで一国の王になれるとは… リベックさんが補足する。
「もちろん勝負に挑むには幾つか条件があるらしい。俺が知っているのは忍者の免許皆伝、つまりジョブをマスターする必要があるという事だけだ」
忍者のジョブをマスターか。 暗殺者として学んだスキルが役立ちそうだ。
「リベックさんありがとうございます。少し希望が湧いて来ました」
顔がほのかに赤くなったマールさんが俺に訊く。
「レオン君が異世界統一をしたらそのあとはどうするの?」
「マールさんすみません。そのあとの事は今のところ想像もできないです。ただ、その時にこの世界の人々が幸せだったら良いなとは思います」
「良かった、それを聞いて安心したわぁ」
マールさんの笑顔は素敵だった。
ゾルクさんとレミさんはいつの間にか呑む酒の量を競い合っている。
その夜は遅くまで語って呑んで、ガイツさん達の宿屋に泊めて貰った。
翌日の朝ベッドの上で目が覚めると、レミさんの生足が俺の顔に乗っかっていた。
昨夜レミさんが俺のベッドに飛び込んで来てそのまま眠ってしまったのを思い出す。
いきなりマールさんの笑顔が視界に飛び込んで来た。
「おはようレオン君。二日酔いは大丈夫?」
あれだけ呑んだのに酒は不思議と身体に残っていない。
「おはようございます。全然大丈夫みたいです」
「結構呑んでたみたいだから少し心配してたの。大丈夫だったらそれでOKよ」
マールさんは面倒見も良いようである。
外に出るとガイツさんとリベックさんが話をしていた。
リベックさんが俺に気付いて近寄って来る。
「ようレオン!これは俺が描いた忍びの国への道のりの簡単な地図だ」
そう言って地図の描かれた紙をくれた。
「うわぁ、ありがとうございます!」
パーティのメンバーが全員揃ったところでガイツさんが俺に言う。
「君の健闘を心から祈っているよ。もし俺達で役に立つことがあればギルド本部に行ってくれ。それで連絡が取れる筈だから」
その後もパーティメンバーの一人一人から励ましの言葉を掛けられた。
本当に気持ちの良い人達だったな。
ガイツさん達と別れたあと、忍びの国に向かう前に装備や旅に必要な物をラドムで揃える。
取り敢えず武器屋で鉄の剣と弓矢を購入して、道具屋でバックパックと調理器具を何点か購入した。
これだけ揃えるのに30万ギラほど掛かったが、高いのか安いのかはサッパリ分からない。
やはりこの世界の事を良く知る相棒が必要だな、と考えながらラドムの町をあとにして忍びの国を目指すのだった。
[山奥の少女]
忍びの国はラドムを起点に考えると、ドワーフの村の真逆の方向に位置する。
因みにラドムの町とドワーフの村のある国、つまり今俺が走っている国のことだが、名をダルトア王国と云う。
ダルトア王国から忍びの国へ最短で行くには、間にある魔女の国ティマールを通らなければならない。
ティマールは偉大なる魔法使いと称されるテューラが女王の国で、人口の9割が魔法使いらしい。
前世で魔法というものに関心を持った事は無かったが、レミさんやマールさんが実際に使用しているのを見ると「凄い」の一言に尽きる。
魔女の国に興味はあるが、今回は忍びの国に早く行きたいので通過するだけと決めてあった。
旅といえば馬に乗ったりするものだが、俺は自分の脚でひたすら走る。
恐らく今は馬の1.5倍ほどのスピードが出ているだろう。
昼飯は道中で遭遇した猪のような動物を弓矢で射抜き、購入した調理器具を使用して焼いて食べた。
ちょっとだけ昼寝をして、「走れメロス」のメロスのように走り続けた。
そして遂にラドムとティマールの国境線を越えティマールに入国する。
なぜ国境線を越えたと認識出来たのかというと、道の端に木製で作られた看板があり、ご丁寧に「ここからティマール」と書いてあったからだ。
ティマールに入ってからも走り続け、道中3つの町もあったが素通りして行く。
ここまでほとんど平地だったが、最短で忍びの国に行くには山越えをしなければならない地点まで来た。
陽が落ちつつあったが山越えを強行する。
山の中間地点を越えたあたりで、周りはかなり暗くなっていた。
それでも走っていると、道から外れた右の林の奥に燈の灯っている一軒家に気付く。
こんな山奥に人が住んでいるのか?
俺は脚を止めてその家に行ってみる事にした。
近づくに連れて外観が見え、小さい家だが煉瓦造りだという事が分かる。
家の前に立ち木製のドアを軽くノックしてみた。
暫く待ったが反応が無い。
部屋の灯りが点いていて、バッチリ人の気配は感じるのだが…
「すみませーん!通りすがりの旅人ですー!」
大声で呼びかけると…
「ギギギギギ~」
ドアが一人でに開いたのだ。
奥から若い女性の声が聞こえる。
「どうぞ~入って来て良いわよ~っ!」
俺は遠慮なく家の中に入って行く。
廊下を歩き奥の部屋へ進むと少女が料理を作っている真っ最中だった。
「そこの椅子にかけて待っててくれるかしら」
「あ、はい。ありがとう…」
一度も振り返らないで話す少女に困惑しながら椅子に座る。
「わたし知ってるの。あなた転生人でしょ」
「え!?」
少女の言った言葉に驚かずにはいられなかった。
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