[ギルド スピネラーズ]
酒場を出た俺は金策を考えながら宛ても無く歩いていた。
前世にしろ異世界にしろやはり金の存在する世界では金が無ければニッチもサッチいかないらしい。
歩いていると「多種クエストあります」という文言の書かれた広告を見つけた。
広告の上には「ギルド スピネラーズ」の看板が掲げられていた。
クエストって確か任務みたいなものだよな。
俺は金の匂いがするこの建物の屋内に入って行った。
入ってすぐ目の前に小さめのホテルのカウンターのような場所に、可愛らしい案内人の女性が立っていた。
「こんにちは、受付けのナンナと言います。こちらは初めてですか?」
「こ、こんにちは、そうです初めてです」
「ではこちらの名簿にお名前を書いていただいてもよろしいですか?」
「あの、何の登録ですか?」
「もちろんスピネラーズ会員の登録です」
簡単に会員になってしまって良いのだろうか?
一瞬だけ考えたが取り敢えず名前を名簿に書いた。
「ありがとうございます。ではこの石板に手を当ててください。それで登録は完了です」
俺が言われるがまま右手を石板に当てると石板が光を発して手形が刻まれた。
「これで登録が完了しました。いつでもクエストの受注が出来ますがどうしますか?」
「あ、受けます!」
「クエストはわたしの後ろの壁に貼ってあるS、SS、SSSランクとそこにある掲示板のAから Dランクまであります。Dランクの難易度が一番低く、最高難易度はSSSランクになってます。ご希望のランクはありますか?」
俺はナンナさんの後ろの張り紙を指差して言った。
「そこのSランク「エルドラゴン討伐」でお願いします」
ナンナさんの顔が引き攣る。
「あの、失礼ですがSランク以上のクエストは熟練の冒険者で構成するパーティが受けるレベルのクエストでして…」
「でも、報酬は書いてある通り1,000万ギラなんですよね?」
「報酬の額に間違いは無いですけれど、簡単にクエストを受けて解除した場合は違約金として報酬額の10%が発生してしまいますが、よろしいのですか?」
「はい、構いませんお願いします!」
「では、こちらの契約書にサインをお願いします」
俺は契約書にサインをしてナンナさんに訊く。
「すみませんが、この小さい地図に描かれた場所の方向を教えて貰えませんか?」
「方向ですか?方向はあちらになると思うんですけど…」
俺は外に出てナンナさんが教えてくれた方向に向かって走り出した。
どうせ武器を買う金も無いし、このズバ抜けた運動能力と暗殺技術を持ってすれば何とかなるだろうと安易に受けたこのクエスト。
自分で言うのも何だが、果たしてどうなる事やら…
「後には引けないが倒せば1,000万だ!どんなやつか知らんが待ってろエルドラゴン!」
俺はただ早く金を手に入れたい一心だった。
[Sランククエスト「エルドラゴン討伐」]
クエストを受注すると情報の記載された紙が一枚支給されるようだが、内容を見るとエルドラゴンの大雑把な生息地帯や大雑把な攻撃手段が書かれているだけで、異世界に転生して来たばかりの俺にはさっぱり役立ちそうに無かった。
今日は走り続けてばかりだな…
距離にすると100kmは越えたかも知れない。
そんな事を考えながら走り続けていると目的地の渓谷地帯が見えて来た。
「お、高い崖があるな。高台から跳んだ時の跳躍力を考えれば1回の跳躍でいけるんじゃないか?」
言うが早いか崖の上目掛けて俺は跳んだ!
崖の高さは優に200mはあっただろう。
しかし跳躍により宙に浮いた身体は目掛けた着地地点の高さを超え、その先にあった更なる崖に着地と言うかしがみつく形になった。
「これはマーヴルヒーローを超えてしまったかも知れないな」
説明不要だと思うがマーブルヒーローとはアイアンマンやハルクなどのことである。
女神アテナのくれたキャンディーで引き出された特殊能力は、身体能力の究極アップだったのか!?
それはさておき、崖を軽々と登り切り平地部分に辿り着いた。
「グォオオオオーーーーーーーッ」
突然、大気が揺れるほどの咆哮が鳴り響いた。
500mほど先にその咆哮の主を見つける。
あれこそが紙に描かれていたエルドラゴンで間違い無い。
この距離であの大きさに見えるのであれば、高さだけで言うと20mはあるだろう。
「ん!?先客がいるな…」
5人くらいだろうか、今まさにエルドラゴンと戦闘の真っ最中らしい。
あの戦闘の中に入って行くのは如何なものか。
戦っている場所から近い岩場に隠れ様子を見ることにした。
接近して攻撃している者が3人、後ろから魔法攻撃をする者が1人、最後尾で味方に魔法をかけている者が1人の5人が緊迫した戦闘を繰り広げている。
暫く観戦していて分かったのだが、エルドラゴンの防御力が高すぎて決定的ダメージを与えられずにいるようだった。
長期戦になり、前衛の3人に疲労が出て動きが鈍くなっている。
「あっ!?」
思わず大きな声を上げてしまった。
甲冑を身にまとい槍で攻撃していた者がエルドラゴンの鋭利で硬い爪をまともに受けてしまったのだ。
「このままだとあいつら一気に崩れちまうな…加勢するか考えてる暇はない行くか」
俺はでエルドラゴンに向かって疾風のごとく駆け抜けて距離を縮め、暗殺者として美しさの欠片もないドロップキックを頭部にお見舞いする。
「ドゴン!」
エルドラゴンの苦しそうな眼を見る限り効いたようだ。
着地して倒れている甲冑の者を背負い、即座に距離をとって魔法使いの傍にに寝かせる。
「ど、どなたか存じませんがありがとうございます」
やっぱり魔法使いは女性だったか。
「いえ、礼には及びませんよ。それより…」
敵の様子を素早く確認すると、脳がグラつき完全に攻撃の手を緩めている。
今しかない!俺は叫んだ!
「みなさん!ここで俺が加勢して倒した場合の報酬はどうなるのでしょうか!?」
4人がポカンとした顔で俺を見ているのが把握できた。
[倒しちゃいました]
前衛のリーダーっぽい者が正気の顔に戻り質問に答えてくれた。
「見たところ少年のようだが、君が加勢してもし万が一エルドラゴンを倒せたその時は報酬の全てを譲ろう!」
おっと気前がいいな。全てとは想定外。
少し負い目を感じてしまうが今は兎に角金だ。やってやろうじゃないか。
「すみませんがそこの二人もこっちに下がって貰えますか?」
「何!?下がれだと!?」
もう一人の盗賊っぽい者が俺の物言いにイラッとしたようだ。
仕方がない、言い方を変えねば。
「暫くの間だけ俺が何とか時間稼ぎするので、その間に体力の回復をお願いします!」
今度は上手くいったようで前衛の二人が渋々こちらに下がって来る。
「甲冑さん、この槍をちょっと借りますね」
俺は気絶している甲冑の者に一応ことわり槍を手にした。
あいつの弱点は観戦している間に見つけてある。
「さてと、じゃあ行って来ますね」
一気に加速してエルドラゴンとの距離を縮めようとスピードに乗った矢先!
「お、おわっ!?」
回復したのか超高熱の炎を吐いて来やがった。
間髪得意の跳躍で上へかわしたがそこへ横殴りの爪攻撃!
「ガァキィーン!」
槍の側面で受け吹き飛ばされる。
着地と同時に電光石火の速さでエルドラゴンの左脚の関節部分に槍で反撃の一撃!
血が吹き出し苦痛に咆える。
「ギィオーーーー!」
いいぞ効いた!関節部分は柔らかいと踏んでいたのだ。
槍を抜いてすかさず移動して右脚の関節部分を深々と一刺し!
俺は攻撃の手を緩めず、苦痛で怯んだエルドラゴンの両腕の関節部分を続けて貫く。
「一気にトドメと行きますか!」
鼻先まで跳躍して左右の眼を素早く貫き、頭を力一杯蹴ってエルドラゴンの真上に舞い上がる。 300メートル程の高さから引力の恩恵を受け速度を上げて、頭部の節目を狙い一直線に落下!
「ズザン!」
エルドラゴンの頭部破壊に成功した。
「念には念をだっ!」
頭部に埋まった槍の外に出てている10cmほどの部分に渾身の力を込めてパンチする!
「ズズオッズン!」
槍がエルドラゴンの体内を突き破り、身体の真下の地面に突き刺さる。
俺は頭部から跳躍してその場を離れた。
巨体が動くのを止めて「グラっ」と揺れ右側にゆっくりと倒れて行く。
「ズドォーーーーーン!」
巨体が地面に完全に倒れて軽く地震が起きた。
「よし!初クエストコンプリート!」
パーティの方を向き自然に右手の親指を立てて言う。
「時間稼ぎのつもりが勢い余って倒しちゃいました」
予想通り一人は気絶したままだったが、後の四人は俺を見て石像のように固まっていた。
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