入学式の日の前日の夜、両親が式に出席するためにマンションにやって来た。
ずっと一緒に生活をしていた両親と、3週間とはいえ久々に会うのは何だか不思議と照れる。
妹の小桜はタキお婆ちゃんの家に預けて来たらしい。
乙葉を紹介して挨拶を交わしダイニングキッチンの椅子に4人が座る。
丁度夕食時に到着する事は聞いていたので、乙葉に腕を振るって貰い料理がテーブルに並べてあった。
みんな腹ペコだったので食事をしながら会話をする。
「キキ、ここの暮らしにはもう慣れたのか?」
「ん、少しは慣れたよ。高校への通学路と、ここらの地理はだいたい把握したし、乙葉とも上手くやってるよ」
「お、そうか、それは良かった。ところで乙葉さんは漫画家を目指してると訊いてますが順調ですか?」
共同生活をする事が決まった時に、両親には乙葉の事は報告してあった。
「えっと、順調という訳では無いですけど、コンクールに応募したりはしてます」
「乙葉さんの夢が叶うと良いわねぇ。この料理も凄く美味しいわぁ」
「あ、ありがとうございます」
両親は夢を追う若者が好きで、報告の際に乙葉が漫画家を目指してる事を話すと、喜んで聞いていたものである。
最初は堅さのあった会話も、互いの近況などを冗談混じりで話したりして楽しく過ごした。
翌日、入学式を終えた両親は僕に励ましの言葉をかけて帰って行った。
いよいよ高校生活の始まりである。 教室に戻り席に座って周りを見渡す。
当然知らない顔ばかりなのだけれど、その中で一際強烈な視線を送って来る生徒がいる。
中学の卒業式で話しかけて来た赤城芹奈だった。
目が合ってしまった…熊と遭遇した人のようにサッと顔を伏せて寝たふりをする。
彼女は僕の苦手とするツンデレキャラ感が半端ない。
出来ればお近付きになりたくないとすら思っていた…のに。
案の定、というかやっぱり赤城芹奈は僕の席まで近付いて来た。
「同じクラスになっちゃったわね〜、キキ君」
僕は顔を上げるかどうか数秒考えた挙げ句、上げない方向で考えがまとまり寝た振りを続行する。
「あれ!?あれあれあれぇ、酷いなぁ無視する気かしら」
頼む。ここから早く去ってくれ。
そう願う僕の右耳に突然生暖かい空気が吹き込む。
赤城芹奈が耳元で息を吹きかけているのだろう。
だが寝た振りを続け、この攻撃さえも耐え切り僕は勝利を確信したのだけれど…
「良いわ…でもわたしを甘く見ないことね。今すぐ顔を上げないと貴方の頭に唾の塊が落ちることになるわよ」
「ガバッ」と顔を上げた。
僕は敗北してしまったのである。
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