「…ご、ごふ、御婦人、聞こえるかい?」
母の脳内に若い男の声が響き答える。
「…聞こえるわ。あなたは誰?」
「大嶽丸だよ。妖精の一種さ」
ここで言っても意味は無いが敢えて言わせて貰う。母よ騙されるな!大嶽丸(おおたけまる)は有名な日本の妖怪だ。
「その妖精さんが何の御用?」
繰り返すが断じて妖精では無い。
「あなたのお腹の子が立派な器をしているんだ。だから…」
「だから?」
「だから、僕をその子に宿らせて欲しいんだ」
母は寝ている状態なので余り頭が回っていない。
「妖精さんが宿るとこの子はどうなるの?」
「悪い事は一つも無いさ。この子が凄い力を手に入れるだけ」
大嶽丸が言っているのは、自然現象を自力で起こせる力の事だ。確かに凄い力なのは間違いない。
「わたしは何をしたら良いの?」
話に乗ってしまった。残念ながら母はメリットしかないと判断したらしい。
「簡単だよ。僕が今から言うことを了承してくれれば良いだけ」
「…分かったわ」
「我がその器に宿りし儀式を汝は許すか?」
「…いいわ」
母の周りに「ビュッ」と風が吹き、それがキッカケで目を覚ます。
「…夢か」
夢では無いよ母上様。
これが、僕が後に「天災」と呼ばれるようになった原点の話しである。
翌月のある夜、夕食を済ませてゆっくりしていた母は、突然の激しい痛みの陣痛に襲われた。
身動きが取れない母は、外でタバコを吸っている父に向かって叫ぶ。
「あなた!生まれそうよ!麓のタキ婆ちゃんを連れて来てっ!」
尋常じゃない叫び声に反応した父が、慌ててタバコを踏み潰し母の元へ駆け寄る。
「麓に行くのは構わないが君を一人にして大丈夫かい?」
「だ、大丈夫よ。お願い、とにかく急いで連れて来て」
「分かった!待っててくれ」
父は電話で連絡を取り、死ぬほど車を飛ばして山の麓に棲むタキ婆ちゃんを連れて来たのだった。
いつだったか忘れたけれど、父から聞いた話では、後にも先にもこの時の運転が一番命の危険を感じたらしい。山道だしね。
タキ婆ちゃんは嘘か誠か知らないが、出産に関しては百戦錬磨の達人で、関わった出産で失敗した経験が一度もない神様のような人だったと云う。
そんな神様のお陰で、僕は無事にこの世に生を受ける事が出来た。
そう、遂に、天才にして天災の僕が爆誕したのである。
駆け足になってしまったけれど、これが僕の出生エピソード。
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