覚醒屋の源九郎     74~78話

覚醒屋の源九郎

旅路

 源九郎が聞仲と死闘を繰り広げていた頃、太公望と孫悟空は二人仲良くサラマンダー達の棲むサラマンド王国城の牢獄に閉じ込められていた。

「如何のう、こんな処で時間を潰している暇はないのじゃがのう」

 太公望は牢獄の地べたに寝転び肩肘をつきながらボヤく。

「お前が飯屋で無銭飲食を試みようとするからこんな事になったんだろ。つまらんボヤキをするな」

 天真爛漫で有名な悟空に常識的な説教をされるとは…ある意味やはり太公望は大物なのかも。

「ハハハ、まあポジティブに捉えれば城内に労せず入れたでは無いか。結果オーライという事にしておいてくれ」

「フン、どうせ元々これを狙っての行動だったんだろ。次からは前持って教えて欲しいもんだぜ」

 仲間内をも騙す手法は太公望の知略の得意分野である。

 実はこの二人、四大精霊の全ての王達を協力させ、ゲートの結界を復活させるという源九郎との約束を一週間ほど前にしたのだが、まだ一人の王とも会ってさえいなかっのだ。

 もちろん遊んでいた訳ではなく、それなりの理由があっての事だった。

 話を一週間ほど前に戻して語ってみようか… おっと、自己紹介がまだでした。

 初めまして語り部と申します。たまに主人公に代わり、物語を語らせて頂きますので今後とも宜しくお願い致します。
 場面は源九郎達と別れた太公望と孫悟空が、觔斗雲に乗ってゲートへ向かうところから始まる。

 精霊妖精界に通じているゲートは富士樹海のほぼ中心部に存在する。富士の樹海といえば様々な伝説や噂が昔から蔓延っているが、その中には嘘のような真実も有るのだ。恐らく日本では不思議なパワーが最も集まり易い場所と言えよう。

 そんな富士の樹海には他の木々を軽く圧倒するくらい巨大な大樹が有り、その大樹の丸い木目の中こそがゲートの入口になっている。本来は周りに結界が張られて大樹そのものが発見できないのだが、妲己らによって結界は消滅してしまっている。

 太公望と孫悟空は容易くゲートを通り精霊妖精界に辿り着く事ができた。

 こちら側の入り口は洞窟になっていて周りは暗いが、少しだけ真っ直ぐ歩けば外の光が見えて来る。

 洞窟を抜けると目の前には美しく大きな湖が待っていた。

「おほ〜、何十年かぶりに来てみたが相変わらず空気が美味くて気持ちの良いところじゃの〜精霊妖精界は」

 太公望は背伸びをしながら、まるでピクニックにでも来ているかのように陽気な顔をしている。

「仙人界には小さな湖しか無いし、根本的に土地の面積が狭いからな。ここなら気兼ね無く暴れられそうだ」

 逆に悟空は不機嫌な顔をしている。先ほどの源九郎とのやりとりでの太公望の余計な一言の所為でスイッチが入ってしまい、暴れたくてウズウズしているらしい。

 悪い事に、悟空の希望を叶えてしまう不逞な輩達が直ぐそこまで近づいていた。

待ち伏せ

「はて、あれは一体何じゃ?物凄いスピードでこちらに向かって来ているようじゃが。悟空よ、おぬしなら見えるんじゃないかのう?」

 遠くの山の方を観ていた太公望が何かを見つけ、その方向を指差し問う。

「あーあれか?はっきりではないが見えるぞ。人型の奴が10体と鳥みたいな奴が5体ほどの集団だな」

「そうか、恐らくこのゲートに向かって来ておるんじゃろう」

「一飛びして確かめて来ようか?」

「いや、ダメじゃ。仮に敵だとしたらおぬしは間違いなく暴れまくるじゃろ?あの数を相手に暴れられると噂が広まり今後の動きが制限されかねんからのう…」

「ケッ、逆の意味で信用されてんな。じゃあどうすんだ?待ち伏せでもってしようってのか?」

「そうじゃな〜待ち伏せてみるかのう。悟空よ、念のため觔斗雲をスタンバっといてくれんかのう」

「分かった待ってろ」

 悟空は腰に縄で吊り下げていた瓢箪を持ち手に取り栓を抜く。この瓢箪は仙人界の太上老君が所有していた宝貝、紫金紅葫蘆(しきんこうころ)を觔斗雲専用として模作された下位互換の代物である。

「出てこい觔斗雲!」

 瓢箪から煙が溢れるように排出され、悟空の横に元々の觔斗雲の形となって現れた。

 二人は洞窟に戻り、身を隠せる場所を探して未確認の集団を待ち伏せた。

 暫くして静かだった洞窟の外が騒がしくなる。

「ミリシャ、ゲートの洞窟ってここら辺だろ?」

「イバシュ様に直接教えて頂いたからこの辺りで間違いない」

 男女が会話する声が聞こえた。

「おい太公望、外から邪悪な気配をビンビン感じるぞ。敵と判断して良さそうだが、どのタイミングで出て行くんだ?」

「奴らが洞窟内に入って来たらわしが仕掛ける。それを合図にいつでも動けるようにしておれ。たっぷり暴れて良いぞ」

「言われんでも暴れまくってやるぜ」

 本当のところ、悟空は直ぐにでも外に出て暴れてもおかしくない様子。

「おい!こっちに入り口があるぞ!」

 集団の一人が洞窟の入り口を見つけ、周囲を探している者達に呼びかける。

 一人が洞窟内に入って来るのが見えた。続いて洞窟内にゾロゾロと他の者達も入って来る。

 悟空はとっくに何者か分かっているのかも知れないが、洞窟の暗さもあってか太公望の方は相手がかなり近付いてから何者かをようやく認識することが出来た。

 人型はダークエルフ。悟空が鳥と表現したのは魔獣アンズーである。

 アンズーは鷲のような体に獅子の頭が付いており体長は5m近い。風と雷を起こせる妖精と称される事もある魔獣だ。

 太公望は動いた!

「轟け!雷公剣!」

 宝貝雷公鞭の模倣品で形も剣である雷公剣を渾身の力を込めて一振りすると、剣先から自然の雷に匹敵するエネルギー量の雷(いかずち)が一直線にほとばしる。

悟空の罪

「なっ!?」「グォ!?」

 狭い洞窟内でダークエルフとアンズーらの密集した十数体の一団は、突如として目の前に現れた雷を回避できる訳もなく、無防備な形で全員が直撃を受けるハメとなった。

 ダークエルフ達はには明らかに効果がありバタバタと地面に倒れていったのだが、アンズー5体は直撃を受けたものの、ほとんどダメージが無いようである。

「予想はしておったが、やはり此奴らに雷は効かぬか。口惜しいのう」

「グゥォオオオッ!」

 無傷のアンズー5体が太公望に対して一斉に襲いかかる!

「太公望!伏せろ!」

 後ろからの悟空の声でサッと伏せる太公望。その上を長く伸びた如意棒が目にも留まらぬスピードで通り抜ける。

「ドン、ド、ド、ド、ドッ!」

 広い場所で有れば横になぎ払って一掃したいところだが、戦闘に関して熟練度の高い悟空は素早く状況を把握して、如意棒による凄まじい速さの突きをアンズー達にヒットさせた。5体の巨漢がほぼ同時に後方へ吹き飛ぶ。

「流石だな悟空よ。助かった」

「まだまだこれからだろ。あとは全部まとめてオレに任せろ」

 戦闘力で比較すると、ダークエルフは純正のエルフと大差は無い。だが魔法剣士であるエルフ、ダークエルフは共にこの精霊妖精界において100種を超える種族の中でもかなりの強さを誇る。精霊妖精界の戦闘力ランキングで云えば10位くらいに位置しているのである。

 それに加え本来は神界や幻獣界に生息し、この世界に居ないはずの魔獣アンズーの強さはダークエルフを超えていると考えた方が良いであろう。

 この一団の総数は全部で15体。果たして悟空一人で倒せるものなのか…

 などと太公望が思案している間に、ダークエルフとアンズーの一行が次々と起き上がる。

「我が名はジオン!いきなりとんでもない歓迎をしてくれたな。貴様ら何者だ?」

 リーダーらしき者が問う。

 交渉の余地があるのでは?太公望は考えたのだが…

「ヘイヘイヘイ!お前らには悪いが、この斉天大聖孫悟空様の鬱憤ばらしに付き合ってもらうぜ!」

 この猿には交渉というは選択肢は無いらしい…

 だが、孫悟空の名前を訊いて敵御一行様が一瞬怯む。どうやら猿の事はある程度知っているようだ。

「これはこれは孫悟空様とは!ここで会ったが100年目とは正にこの事だ。随分と昔の話ではあるが、ダークエルフ王国へフラッといらっしゃって、お戯れで王国を崩壊させた過去を…覚えているか!このクソ猿!」

 ある程度どころでは無かったようである。

「悟空、そこのジオン言った王国を崩させた事実に相違ないのか?」

 ふ〜、と息を吐き太公望がやれやれ顔で問う。

「あ、嗚呼、だが100年以上も昔の話だぜ。まだ引きずってんのかこいつらは」

「正気か貴様!引きずらんほーがおかしいだろっ!?」

 ジオンは取り乱して叫んだ。

 もはやどちらが悪役なのか分からない状況である。

元始天尊

「ないわぁこいつ絶対ないわぁ」

 ジオンに続きダークエルフの女性ミリシャも悟空に対して感情をぶつける。

 「おぬし、どういう理由があって100年前に一つの国を滅ぼしたのじゃ?」

 太公望は真相を確かめたいようである。

「話せば長くなってしまうんだがいいのか?この状況だぞ」

「善いよ、きっとそこの被害者達も当時のおぬしの動機には興味津々というものじゃろ」

 ジオン、ミリシャ他多数が息を合わせたように一斉にウンウンと頷く。

「仕方がね〜なぁ…しかし100年以上前の話だ。覚えてる範囲で話すぞ?」

「前置きは良いから早よ〜話せ悟空」

 確かにそんな昔の話を明確に説明せよと言われても土台無理な話だろう。

 諦め顔で猿は渋々語り出した。

「確か100年くらい前のあの時、オレはこの精霊妖精界に仙人界から逃げて来た。その原因は悪戯が過ぎたというか何というか、決定的だったのが元始天尊との喧嘩だな。あの爺さんが昼寝している間に、可愛い悪戯でハゲ頭にオレの毛を植毛しただけでブチ切れやがった」

「ああ、あの頭は元始天尊様のチャームポイントだからのう。それは怒られて当然じゃな」

 頭がハゲていく課程で悩んでる人ならまだしも、既に個人の魅力的な部分であると自負する者にとっては正に余計なお世話であろう。しかも、猿の剛毛を植え付けられては…しょうもない悪戯である。

「それで爺さんの奴、このクソ猿め!その剛毛を全て抜き捨ててやるわー!何て言いながら、宝貝の盤古幡(ばんこはん)を全力で使って来やがったんだ。だからオレもムキになって爺さんの頭を手加減無しで小突いたら気絶した。さっきも言ったが、そこから仙人どもに毎日追われまくって命辛々こっちの世界に逃げ込んだって訳さ」

 元始天尊も大人気ないかったが、現代で云うところの三清の一柱。太上道君や太上老君と並び神格化されるほどの存在。

 最高峰の仙人の頭を如意棒で小突くなどという暴挙は悟空だから可能なのであろう。

 太公望も悪戯好きだが、流石にそこまでは実行しない…否、やってしまいそうな…ついでに説明すると、伝説によれば盤古幡は狙った場所に何千何万倍もの重力を発生させて、対象の動きを封じたり、グシャグシャに圧死させてしまう恐るべき武器だそうな。

「こっちの世界に来てからオレは四大精霊の各国に用心棒として雇わないか?と打診してまわった。この悟空様を用心棒として雇えば、その国は永久に安泰で喜ばれると思ってたからな。しかし仙人界からの噂が流れていたお陰で全て断られる結果となったがな」

「ふむ、おぬしは精霊妖精界でもブラックリスト扱いだったという事じゃな。至極当然で必然で自業自得じゃ」

 太公望の表情はもはや完全に呆れ顔になっていた。

昼寝

「思い通りに事が運ばずに延々とムシャクシャする日々が続いてた。宛てもなくふらふらと旅をしていたある日のこと、ダークエルフの治める国にたどり着き、疲れもあって野原で昼寝をしてただけなんだが…そこにちょっかいを出して来る奴等が現れた」

 ダークエルフ達は黙ってというか、我慢して話を聴いている。

 どうでもいいがアンズーも言葉が分かるのだろうか?

 太公望が話を続けるよう悟空に手と目で促す。

「ダークエルフの属性はどちらかというと悪で攻撃的だろ。直ぐに出て行けとケンカ越しに言われたら、当時のオレは溜まりに溜まった怒りを暴発させるしか選択肢が無かったんだよ。まぁここの連中の中にも当時の暴れっぷりを観た奴が居るかも知れんが…こいつら変に仲間意識が強いもんだから、どれだけの人数をぶっ飛ばしても次から次に新しい奴が現れて攻撃されたよ。気付いたらラスボスの王が目の前に立ってやがった」

 ジオンの隣に居る少し老け顔の者が口を開く。

「猿、覚えていないと思うがワシはカルンという名で、その時最初に声を掛けた者だ。貴様が昼寝をしている間に何が起こっていたか知らんだろ?」

「100年以上経ってるんだぜ。お前の顔は覚えてないし、昼寝してて何が起こったのかも知らん」

 悟空は記憶力の良い方では無いが、流石に100年という年月は余りにも長い。悟空で無くても記憶に残っていないのは致し方ない事であろう。

「そうか少々残念だ。貴様と違いワシは鮮明に覚えているからな。では何が起こったのか説明してやるからよく聞け」

「いやオレ様の話も終わってないし、別に聞きたくも無いが聞かんとダメか?」

 面倒臭そうにして悟空は太公望に確認する。

「そうじゃな〜もしお前に完全に非があるようなら、わしとしても色々考えなければならんからのう」

 太公望は元始天尊に急遽呼び出され、孫悟空を引き連れて精霊妖精界と人間界の危機を救うよう命じられ今に至っている。

 何故、燃灯道人(ねんとうどうじん)や楊戩(ようぜん)のような戦闘力と知力の高い二人では無く、人格的に問題のある孫悟空を同行させたのかが分かって来た気のする太公望であった。

 カルンがしかめ面で話し出す。

「貴様は昼寝をしている間に寝相というか夢遊病というか、爆睡しながら動いてたんだよ。それも覚悟しやがれ元始天尊!と寝言を吐きながら如意棒を伸ばし周りにいた者達を容赦なく吹き飛ばし、運悪く撲殺される者までいた」

 カルンの説明を全て訊いた訳ではないが、これは悟空に弁解の余地は無いかも知れないと太公望は思うのであった。

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