覚醒屋の源九郎     66~70話

覚醒屋の源九郎

寿司屋

 部長の件があった日から一週間が経過。

 その間に新しいスキルを身に付けた。と言っても一度発動させた身体能力UPだったのだけれど、キャンプの特訓効果なのか久々に選択肢が現れたので初の同スキル重ねがけを試したかっ訳だが。 勿論、以前のように測定してみると…

○100m走   3秒96

○走り幅跳び  15m 70

○走り高跳び  7m 44

○砲丸投げ   45m97 

 人間の限界を超えた前回の記録を大幅に更新。さらに人間でなくなりました的な記録を叩き出せた。

 因みに前回と同様にミーコと競ったのだが、3馬身差?くらいでまた敗北を喫してしまった。ケット・シーの身体能力は妖精の中でも抜群に高いらしい。

 後で確認してみたのだけれど、100mを4秒で走るとして、これを時速に換算すると90kmという事になる。

 つまり俺は高速道路でも車と並んで走れてしまうのだ。法定速度以上を出す車は別として。

 次に選択肢が現れ身体能力UPの重ねがけを実行した場合、地上最速の動物であるチーターを超えられるかも知れない。考えただけアフリカに行って試すのもおもしろそうだ。

 おっとスキル収穫の話しはこれくらいにして、本日は…と言っても既に夜なのだけれど、ミーコの強い希望で寿司屋に向かっているのである。源九郎人生相談所の経営状況により回る寿司屋だけれど。 事務所からてくてく歩いて街中まで着いた。

 コロネ騒動があった去年と違い、平日だけれど人が多く賑やかだ。

 猫娘には、すっかり見慣れた大人の人間モードになって貰い二人で初の外食。

「いいかミーコ、家で食べるようにガツガツ食べるんじゃないぞ!目立ってしまうからな。俺のペースに合わせるんだ」

「OK!何から食べようかな何から食べようかな何から食べようかな」

「今から気負うなっての」

 興奮していて心配だけれど、テレビをよく観る猫娘は人間界の常識もかなり知って身に付いている筈である。

 暫く歩くと寿司屋の看板が見えた。

 ミーコの口からヨダレが出ている。

「ヨダレが出てるぞ〜」

「ごめんごめん」

 ハンカチで吹き終わる頃には寿司屋に到着。

 店員さんに誘導されて席に座る。

 目の前には美味しそうな寿司が次から次へと流れて来た。

 回転寿司屋で最初に食べるネタランキングの1位はサーモンらしい。分かるような気もするが、やはり人それぞれその時の気分によって手に取る寿司は違うものだ。

 俺はなぜかタコに引き寄せられパクッと食べてしまった。

 チョイス的に如何なものかと思ったが、コリコリした食感、じわっとくる旨味、美味しかったので結果オーライである。

 さて、ミーコは何を食べているのか!? 猫娘の前には三皿置かれていたが、三皿とも既に寿司は無くなっていた。

 やれやれである。

「ミーコよ、約束を守れないようだったら次は無いぞ」

「あ〜い、ごめんなさいぃ」

 面倒だけれど目立つ行為をして、人の目を引くわけにはいかないのである。

尾行

 その後はサーモンやトロなどオーソドックスなネタを選択する。無論、ウニ、イクラも外さない。 気が付けば俺が20皿、ミーコは40皿ほど食べていた。相変わらずの大食いである。

「ミーコ〜、次で最後の皿にしてくれ。もう満足したろ」

「あ〜い、最後は〜トロ!」

 妖精は本来、食事に重きを置いていないらしいのである程度食べれば満足なはず。

 と言うか俺の財布の中が心配なだけだが…

 お茶を飲み勘定を済ませ店をあとにした。

「ふい〜美味しかったぁ、ありがとね源九郎」

 猫娘はご満悦である。

「寿司は久々だったから、俺もめちゃくちゃ美味く感じたよ」

 こんなに喜んでくれるのだから、またいつか一緒に寿司を食べに来よう。

 帰りもてくてくと歩く。本当は自転車で来ても良かったのだけれど、運動も兼ねているのでやはり徒歩が合理的なのである。

「源九郎、誰かに尾行されてるよ。さっきから同じ匂いがついて来てる」

 突然ミーコが俺に知らせてくれた。ケット・シーは鼻も効く、人間の倍くらいの嗅覚だ。

 尾行か。どうせされるなら美少女にして欲しいもんだな。

「分かった。路地裏に誘導して確認してみよう」

 人気の無さそうな路地裏を探し歩き続け、暫くすると打ってつけの場所を見つけた。

「気を引き締めろよ」

「了解」

 路地裏に入り道半分というところで、サッと後ろを振り向くとビルの角から人が歩いてくるのが見えた。

「俺たちに何かようですか?」

 そいつは質問には答えずゆっくり近づいてくる。スーツ姿のサラリーマン風。身長180cm以上で、顔は言いたく無いが眼鏡を掛けてるイケメンな感じだ。

「あるよ。そちらのお嬢さん…いやお兄さんにもね」

 用件があるから尾行したのだ。訊くだけ野暮だったな。

 個人的な意見としては美少女とは程遠い結果となり無念である。

 それよりミーコが何者なのか気づいているのかこの男。用件があると言うのだからその可能性は高い。

「そこの娘は妖精のケット・シーだろ。そしてお前は恐らく契約した人間」

 ご名答なのだが、こいつが敵か味方か分からない以上は下手に情報は与えられない。

「ん〜何とも言えないな〜。ところであんたは何者なんだ?」

 一応虚勢を張ってみた。

「知っているかもしれないが、仙人界から来た。名は聞仲」

 ぶぶぶ聞仲!?妲己や趙公明と並ぶ実力の持ち主と云われるあの聞仲!?

 敵と判明して俺の心臓はやばいくらい一気に心拍数を上げた。

 落ち着け落ち着け落ち着け〜俺! そうだ!とにかく用件を訊いてみなければ!

「で、ご、御用件とは何だ?」

 いかん。同様が収まらない。

「フッ、その様子だと妖精とその契約者で間違い無いようだ。そうだな、妖精と契約者を発見した場合はその両者を消す事。それが用件だ」

 はい、最悪のパターン来ました〜。

 選択肢は2つ、戦闘か逃亡か。さあどうする源九郎。

 あれ!?ミーコが聞仲に向かって飛びかかって行く姿が見える!

 俺が判断するよりずっと早く動いた猫娘であった。

聞仲の実力

 ミーコは変化を解いて元の姿に戻っていた。

 X-MENのウルヴァリンの様に鋭い爪を出し、空中から直線的に聞仲を強襲する。

 それを余裕で横に回避する聞仲。続けて攻撃が空を切ったミーコの手首を素早く掴みそのまま壁にぶん投げた。

 だがミーコは体勢を整え壁に直撃する寸前、両足で壁を蹴り反動を利用してまた攻撃する。それを聞仲はまた回避する。

 俺も戦闘に参加する意思を固めて叫ぶ。

「出てこい!村正!」

 村正を握り聞仲に駆け寄よった。

 斬りかかる前に…

「フレイムバレット5連弾!」

 炎の弾丸魔法5連発だ。一発でも当たってくれれば儲けもの。

「こんなもの避けるまでもない」

 5発の弾丸が奴の身体に届く直前で一瞬にして消えた。だが煙が残り目隠しになっているところへジャンプしての上段斬り。

「真っ二つなってしまえーーーっ!」

 ヴァシッという音と共に強烈な衝撃で村正は弾かれる。その勢いで身体がノックバックされるが上手く着地できた。

 聞仲を見ると手に鞭の様な物を持っていた。魔法を消し、村正を弾いたのはアレか…

「あまり時間を掛けたくない。苦しむ間も無くこの宝貝、この金鞭(きんべん)で片付けてやる」

 封神演義を良く知らないが、あの武器がやばい武器なのは分かる。

 金鞭は生きているように動きヒュンヒュンと鳴いてるように聴こえた。

 あれを生身で受けたら一撃で致命傷に成り兼ねない。

 激しく実力差がある場合は奇襲が有効だ。…やるだけやってみるか。

「スモークウォール!」

 煙の壁、特殊な要素は無い単なる目眩しだ。

「何だ、時間稼ぎか逃亡か?まあどちらでもいい。煙ごと八つ裂きだ!」

 ヴィシュッという音がすると同時に、俺ごと切り裂こうと金鞭が煙の壁をまさに八つ裂きにする。 煙が四方八方に飛び散り、さっきまで煙の壁があった場所は清々しいほど綺麗な空間と化した。

「フッ、相方を残して本当に逃げるとは情け無い男だ。契約する相手を間違ったようだなケット・シーの娘よ。早く攻撃しないとこちらから行くぞ」

 いつの間にか聞仲の後ろに回り込んでいたミーコは、攻撃する機会を窺っていたのだが完全に見透かされていた。

「余裕ぶって頭に来るな〜。ケット・シーの底力を見せてやる」

「ぶってなどいないよ。勝利が揺るぎないのを確信しているから完全に余裕なのだよ猫娘」

 ミーコは鼻の下に指を当て鼻をすするような仕草をした。

「トランス!」

 そう叫ぶと髪の毛が逆立ち、身体が黄金色に近い光に包まれた。例えるならば超サイヤ人のようにである。超ケット・シーの出来上がり。

「ほう、これはおもしろい芸を見せてくれる。強さに違いがあるのかお手並拝見といこうか!」

 凄まじい速さで金鞭が波打ちミーコを襲った。

攻撃と防御

 初めて治志の悪鬼との闘いで経験した攻撃よりも、遥かに速いスピードで襲いくる連続攻撃を爪で弾いたり回避する超猫娘。

 身体能力だけ取れば、平常時の2倍以上の速さで動いているのかも知れない。

 問題は回避こそ上手くいっているが、果たして攻撃をぶつけてダメージを与える事が出来るのか。

 僅かな時間で数えきれない攻撃を繰り出している聞仲だが、なかなか仕留めきれずに少し苛立っているのが分かる。

 そんな中ミーコが唐突に何も無い空間を蹴り反動をつけ、今まで見た中で最速の攻撃を仕掛ける。

「紫電一閃爪紅!」

 一瞬ではあったが、爪が紅く染まっているように見えた。

 回避しようとした聞仲の頬が裂け血が飛ぶ。

 側に着地した刹那、脚を狙って飛びかかり横に薙ぎ払う。

 左脚を抉ることに成功し、また血がほとばしった。

 連続攻撃はまだ止まない。

 脚を攻撃した直後に地面を蹴って背中を斬りつけ、回転して後頭部にキックを浴びせ、その勢いでようやく聞仲の背中から離れた。

 ミーコが離れる直前の場所を金鞭が通り過ぎ空を切る。

 短時間で何という攻防だろう。

「やるじゃないかケット・シーの娘よ。少し驚かされたぞ」

 いやいや聞仲さん、トランス後の攻防はミーコの勝ちっぽいですよ。

 なんせ貴方は血塗れで猫娘は無傷なのだから。

「まだ強がってるなぁ聞仲〜!」

 勢いはあるが、トランスとかいう如何にも無理してる状態ありありのキャラが敵に突かれるのは…

「肩で息をしているな。そのトランス状態は身体にかなりの負荷が掛かっているんじゃないのか?」

 やはり常套句が出ましたか〜。

 早く蹴りを着けなければ、劣勢になるのは火を見るより明らか。

「へん!ご心配なく〜、次で決めてあげるよ〜」

 頼もしいぞ猫娘!

 ん、聞仲の闘気と言うか妖気の量が跳ね上がったような…背後にゴゴゴゴッと文字が見えそうなくらいの覇気を感じる。

 それが金鞭にも伝わったのか太さが増した感じが…

「忍者流、分身の術!」

 おお、そんな事も出来るのか!?ミーコが5人になった。

「やった成功〜。試してみるもんだな〜」

 こんな局面で試し技を出してしまうとはね。

 聞仲を包囲するように広がり、そのまま懐に飛び込もうとするが、金鞭の攻撃と防御が炸裂する。 あっという間に2体が消されてしまった。

「紫電一閃爪紅ーーーッ!」

 残った3体の一斉攻撃!

 最初にあれだけダメージを与えた技だ。これは決まったと確信した瞬間。

 金鞭の恐るべき速さと破壊力で、残りの3体も簡単に粉砕され消えてしまった。

 そうこれで全部。

 あれ!?本体は!?

「はい、おしまーい!」

 何処からかミーコの声がする。

「っ!?」

 場所を特定できずにいる聞仲の真上、空中に居るではないか!

 そこから頭のてっぺんを狙って超スピードで突っ込むミーコ。

 攻撃が届かんとする直前で聞仲が気付き避けようと化物じみた反応でバックステップした瞬間。

「ザシュッ!」

 俺は背後から、心臓があると思われる背中の部分を妖刀村正で貫いた。

余裕と必死

 聞仲に逃亡したと思い込ませる事に成功した俺は、実は逃亡せず近くに居て様子を窺いながら絶好のチャンスを待ち侘びていたのである。

 少し時を戻して説明しよう。

 魔法で煙の壁を作ると同時にインビジブルで姿を消し即その場を離脱した。聞仲が何やらほざいている間にミーコの側に駆け寄って耳打ちした後、攻撃範囲から遠ざかっていたという寸法だ。

 物語の主人公がやる綺麗な作戦ではなく、悪役の切れ者がやる卑怯な作戦であったのは否めないが、俺は心の中で素直に歓喜していた。なんせ相手はあの聞仲、まともに戦っても勝ち目はないのだから。

  そんな卑怯者の俺に向かって頭上から金鞭の強襲!村正を抜きつつ何とか回避する。こんな芸当が出来るのも身体能力UPの賜物と言えよう。

「どうだ聞仲!心臓を貫かれた気分は?」

 卑怯者と自覚してしまったからか、出る言葉が悪役っぽくなってしまった。

「心臓?貴様なにか勘違いしてないか?真実をを教えはせんが、私の心臓の位置はここでは無いぞ」

「まぁそんな気はしてたけどね。残念な事にあんたが死んでないのがその証拠だ」

 心臓で無かったにしても、さっきの一撃はダメージが大きいはず。

 ミーコの攻撃も完全に外れたわけではなく、聞仲の右肩を引き裂いていた。

 総ダメージからして、こちらが有利になったのは間違い無いだろう…

「ケット・シーは無理したツケが出てしまったようだな」

 聞仲の言葉を訊いて初めて気付く、トランス状態の解けたミーコが地面にうつ伏せの姿勢で倒れていた。

 状況的に安否を確かめる時間は無い。

「あとは俺一人であんたを倒すよ」

 奇襲によって引き寄せた千載一遇のこのチャンスを逃してたまるか。

 もし次が有るとすれば、この戦法は十中八九通用しないだろ。

「かなりの傷を負ってしまったが、貴様一人を葬るくらい容易い事だ」

 あの傷だらけの身体でこのセリフ。ハッタリと思えないのが憎らしい。なんせ覇気は衰えておらず、相変わらずのプレッシャーを感じさせるのだから。

 だが、ミーコの頑張りを無駄にはできない。俺は天を突き刺すように刀を掲げた。

「村正よ俺を守れ!妖気の羽衣!」

 妖刀から湧き出す薄い紫色の妖気が全身を包み込み、羽衣の形を成していく。と云っても固形では無く、以前リアーネにかけてもらった風の鎧と原理は似た様なものだ。これで金鞭の攻撃を身体に受けたとしても、重傷にはならない計算である。

「フッ、貴様といいその娘といい、次から次へと想定外の事をしてくれるわ。良い意味で久しく心地よい闘いだ」

 こっちはめちゃくちゃ必死だけどな。

 今の俺には戦闘に関してのバリエーションがそんなにある訳では無い。

 よって、次の攻撃で決めなければ勝つ確率はグッと落ちてしまうだろう。

 よし、覚悟は決めた!

「これでも食らいやがれ!」

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