覚醒屋の源九郎     56~60話

覚醒屋の源九郎

太公望と孫悟空

「リアーネ、ゲートの結界修復が最優先だと考えているんだけど、どうかな?」

「結界修復については思案しているのですが、現状では四国王の関係が過去最悪と言って良いほどの状況なのです。その四国王をまとめて結界修復を図るのは困難を極めます」

 おいおい、こんな時に何て状況だ。

「その役目、わしらに任せてもらえんかのう?」

 頭上から突然聞き慣れない声がした。

 空の方を見上げると小さな雲があり得ない動きでスーッと降りて来る。

 その雲が地面すれすれで止まると、二人の者が雲から降り立った。

 全員がその二人に向かい身構える。

「ふむ、敵ではないから安心せい」

 先ほどの声の主か!? 見た目は20代の女性で美しいのに老人のような物言いをする。変な服を着ているが、それが変にマッチしていて違和感が無い。

 もう一人は人間か?恐らく男性、顔面の周りに毛が多く生えていて、人間というより人面猿という表現の方がしっくり来る。

 ここまでの二人の様子から敵意は感じられない。

「取り敢えず名乗ってもらえないでしょうか?」

「お、すまんのう。わしは仙人界からの使者で太公望。そしてこれが同じく仙人界からの使者で孫悟空じゃ」

「雑だな太公望よ。オレの名は天下無双の斉天大聖孫悟空様だ!よろしくな小童!」

「お、お願いします。俺は源九郎です」

 両名の名は良く知っている。「封神演義」と「西遊記」の主人公じゃないか。孫悟空様は今やドラゴンボールの主人公の方が有名かも知れないが、サイヤ人のカカロットではない事を念押ししておこう。

 俺的に一番の疑問点があったので訊いてみる。

「あの〜、太公望様って書籍などでは男性扱いになってるんですけど、女性って事で良いのでしょうか?」

「逆に問うが、お主にはこの美貌を持つわしが男に見えるのか?」

「いえ全く。長い歴史の中で、人類は誤った情報を伝えてしまっていたのですね」

「史実あるあるじゃな。きっと当時わしの物語を描いた作者が男として表現したかったのだろうよ」

 何百何千年も語り継がれて来た歴史は、情報が何処かで歪んでしまっても現代人に分からない。

 そろそろ話を本題に元に戻そうか。

「太公望様は先ほど結界修復の役目を望んでいたようですが、本当にやってもらえるのでしょうか?」

「ああ、もちのろんじゃよ。そもそも今回の件は仙人界の責任でもあるからのう」

「仙人界の責任とは?」

「妲己、聞仲、趙公明のことじゃよ。あやつらは長いこと封神されておったのだが、妲己は転生して力を蓄えた上で聞仲と趙公明を復活させてしまい、このような事態になったんだからのう」

秘策

 頭にちょこざいなアイディアが浮かぶ。

「その仙人界から来た3人を、太公望様と孫悟空様でちょちょいと倒してもらうってのはダメでしょうか?」

「無理じゃな。わしと悟空だけではあの3人は倒せんよ」

 太公望様は即答したが、孫悟空様は不満顔だ。

「シルフ殿、結界の修復をするには四大精霊の王達を協力させれば良いのじゃな?」

「そうですけど簡単には…」

 俺の知る限り太公望様は智略に長けた方の筈。何か考えがあって引き受けて下さるに違いない。

「リアーネ、太公望様の事だ。きっと何か秘策があるのだろう。ここはお願いしようじゃないか」

「ですね。わたし達が動くよりも良い成果を上げて下さる事でしょう」

 リアーネとの協議の結果、太公望様に託す事にした。

「では結界の件は太公望様にお願いしてもよろしいでしょうか?」

「うむ、任せておけ。今のところ秘策など思いつかないが何とかなるであろよ」

 いや無策かーーーい!突っ込まずにはいられなかったが、この人は不思議と本当に何とかしてくれそうな気がする。

「そろそろ出発するとしようかのう孫悟空」

「結界の件は分かったが、太公望よ。オレはあの3人に劣っていると思ってねーからな」

「お主の強さは十分知っておるよ」

 さっきの引きずってたのね。孫悟空様は余程の負けず嫌いらしい。

 孫悟空様が口に指を当て口笛を吹き叫ぶ。

「来い!觔斗雲」

 二人の乗って来た雲が何処からともなくやって来た。まるで意思を持ってるかのように。

「結界の修復が終われば駆けつける故、それまで頑張るのだぞ!」

 と太公望様は言い残し、孫悟空様と共に飛び立って行った。

 あまりの急展開に暫く全員がポカンとしていたが、徐々にキャンプのあと片付けに移行する。

 山を下りて駅に着き、帰りの電車の中で朝食と一緒に作った弁当をみんな雑談しながら食べた。 目的の駅に着いてキャンプ終了。

 それぞれの想いを胸に、各々の家路に就く。

 俺と泉音は家が近く、方向も同じだったので一緒に帰る事にした。

「修行は辛かったけれど、キャンプ楽しかったね」

 泉音が楽しんでくれて何より。

「そうだな。来年の夏は俺的に海でやりたいな。釣った魚を焼いて食べたりしてさ」

 敢えてメインの目的である水着云々は外して話す。

「あ、良いね〜。いつか機会があれば釣りを教えて欲しいな」

「勿論だよ」

 釣りの知識はあるが自宅に道具が揃っていない事に気づく。大至急で調達しておかなければなるまい。

「ヴァンパイアのガラントは会えなかったけれど、太公望様と孫悟空様に会えたのはちょっと感動しちゃったかな。空想上の人達だと思ってたから、よく考えたら凄い事だよね」

 前置き無しで話を急に変える泉音。少し天然かも。

「最近そういった感覚が麻痺してたけど、実際のところ確かに凄い事だよな」

 段々と普通だった事が普通でなくなっていく。そして、普通でなかった事が普通になっていく。

 常識の変遷ってやつか…などと、泉音を見送りながら考えていた。

マッサージ

 キャンプから帰った日の翌日の朝。

 目が覚め、ベッドから起き上がろうとする!?身体に激痛が走る!これはあれだ筋肉痛だ。

 ちょっとした日常動作をしようとしただけで全身の筋肉が悲鳴を上げる。ギャーッ!グォワーッ!こ、これが界王拳10倍の代償かーってな感じだ。

 修行で鍛えた分の痛みだろうけれど、ここまでの筋肉痛は生涯を通しての初体験。

 あまりの痛みに仕事になりそうもない。

 痛みを堪え、スマホで付近のマッサージ店を検索する。あった!事務所から3kmくらいあるが自転車で行けば何とかなるだろう。

 俺は早々に自転車でマッサージ店へ向け出発した。

 ペダルをこぐ度に太腿と脹脛に容赦なく激痛が走る。

 そんな苦しんで歪む表情を見てミーコは笑っていた。

「頑張った証だからしょうがないね〜」

「ま、まあな。修行のあとでガラントとの一戦もあったから尚更痛むんだろうよ」

 身体能力UPで人間離れした俺の肉体にも限界はあるのである。だけどこれが回復した暁には以前よりもっと身体は動いてくれる筈だ。そういうご褒美がなければ修行など無意味ではないか。

 マッサージ店に入り受付けを済ませて待合室で待つこと30分。

 店員の女性が俺を呼ぶ。

「仙道さん、仙道源九郎さーん」

 ひっさびさにフルネームで呼ばれた。

「仙道さん」

 と名字で呼ばれた時に一瞬反応出来なかったほど、いや、作者も忘れて過去の文章を確認したほどである。

「そちらのベッドにうつ伏せになってお待ち下さい」

 案内する店員さんは女性だったが、マッサージをしてくれるのは…

「お待たせしました仙道さん、マッサージ師の神坂です。よろしくお願い致します」

「あっ、よろしくお願いします」

 女性だ!よかった〜。実はマッサージを同性にしてもらうと何だか落ち着かないのである。顔は見えていないが、声からしてちょっぴり大人な美人さんを勝手に想像してしまう。

「全身の筋肉痛と伺ってます。全身を隈なく揉み解そうと思いますが、それでよろしいでしょうか?」

「それでお願いします」

 さあ後はお姉さんの好きにしてくれたまえとは口が裂けても言えない俺であった。理由は簡単、変態と思われるに違いないからである。

 いよいよマッサージの始まりだ。

「うぉおお痛いっすーーーっ!」

 お姉さんに太腿を軽く押されただけで悲鳴を上げてしまった。いかん、洒落にならんくらい筋肉は疲労している。

「暫くは激しい痛みが伴います。頑張って我慢してください」

「わ、分かりました」

 大の大人がマッサージで悲鳴を上げるのはやはり恥ずかしい。次こそはグッと堪えてみようか。

回復

「っぐっつぇい!」

 どうだ!悲鳴は上げてないぞ!変な声は出したけれど。

 痛恨の一撃を連続で喰らうようなマッサージを暫く受けた結果。

 痛覚が麻痺したのか、それとも他に何かが起こったのか、少しずつ痛みが和らいでいき、遂には揉み解しが心地よくなる境地に達していた。

「おおぉ、お姉さん。痛みがかなり和らいで来ました。さぁあすがプロですねぇ」

「あら、褒めていただきありがとうございます」

 マッサージされながらの会話も可能になるくらい回復している。

「でも最初は全身の筋肉が凄くガチガチでしたよ。何か特別な事でもされたんですか?」

「あ、ああ、山にキャンプに行ってですね。後先を考えずに木登りやら何やらしてたらこんな感じになったんですよ」

「フフフ、そうなんですねぇ」

 まともに回答したらヤバイ奴なので、上手くはないが適当に言ったけれど会話は成立したらしい。 滑らかな動きのお姉さんの腕が止まった。

「では、今度は仰向けになってください」

「あ、はい」

 言われるがまま素直に仰向けになった。

 待ちに待ったお姉さんとのご対面である。

 見た瞬間に心臓が止まるかと思った。というくらいの美しく色気のある女性。泉音とみくる、ルカリとリアーネの誰ともタイプが違う超美人さんだ。

 やばい!仰向けでマッサージを受けると、目をつぶらなければとんでもない妄想をしそうで怖い自分がいる。お、俺だけではなく男なら誰もがそんな危機感を覚えるに違いない!?口惜しいが目を閉じた。 うつ伏せでマッサージをされている時は、相手の容姿が分からない状態だった為あまり気にせずに受けていられた。人間とは不思議なもので、超美人のマッサージ師と判明した途端にこの空間が天国に感じてしまっている。だが目を閉じている俺は、例えるならスーパーマリオで無敵になってボーナスステージに突入する感覚だ。うむ、なんか違う。

 そんなアホな俺の心中はさておき、時間的に終焉を迎えるマッサージ天国。すっかり痛みは無くなり、もはや昇天してしまいそうな境地に達している我が身にとっては、既に名残り惜しさという感情が芽生えている。

 スタープラチナのザ・ワールドのように時が止まる訳でもなく…ん!?よくよく考えてみれば数秒の時が止まってもこの状況ではあまり得は無いな。無情にも終了の時間と相成った。

「はい、これで終わりです。具合はどうですか?仙道さん」

 仰向け状態からベッドに直立して様々な動きを試してみる。全く持って痛みは感じられない。

「さっきまであった筋肉痛が嘘のように無くなってます」

「そうですか、それは善かったです」

「神坂さんのマッサージの腕はもはや神技ですね!」

 俺は本心で神技という言葉を捧げた。

「そこまで褒めていただければ、仕事冥利に尽きるというものです」

 神坂さんの笑顔が眩しすぎる。

夢の中

「ありがとうございました。またお越し下さい」

 会計を済ませ店を出る。受付の女性が笑顔で見送ってくれた。

 マッサージは初めてだったが、この店は超大当たりだったな。どこも悪くなくてもまた来てしまうかも。

 自転車を運転するが筋肉痛を微塵も感じなくなり、身体が軽くなったような気がする。

「治って良かったね〜源九郎。最初は悲鳴上げて子供みたいだったけどぉ」

 ははは、ミーコに情けない姿を見せてしまった。ミーコはマッサージ中もずっと近くにいたのだ。今度からは席を外してもらおう。

「そう言うなよ。本当に最初は痛かったんだから仕方がないだろ。でも神坂さんの腕、あれは正に神の手だな」

 ふーんとすまし顔の猫娘。

「あの部屋に四大精霊のウンディーネが居たんだけど気付いた?」

「え!?精霊が居たのか。という事は神坂さんか受付の人が契約者かな?」

「やっぱり気付いてなかったか。ウンディーネに訊いんだけど、神坂さんと契約してるらしいよ」

「そっか。じゃあまた何処かで会えそうだな」

 また身近に契約者。まるで妖精や精霊に導かれているようだな。考えすぎか… 事務所に帰り着き、コーヒーを入れてゆっくり飲む。肉体も精神も落ち着いた感じだ。

 ミーコと昼食を済ませると少し眠気が襲って来た。事務所にあるアウトレットを扱う家具店で買ったソファーに横になり本を読んでいるうちにスーッと眠る。

 俺はサラリーマン時代の夢を見ていた。

 夢だと認識出来ているのだから浅い眠りなのだろう。

 会社で課長になっていた俺は、どうやら営業成績が伸びずに悩んでいるようだ。部長に呼ばれ説教されているらしい。この部長には現実でも在職中に散々説教されたもんだ。

 夢は続く。うるさいなと思いつつ我慢して説教を聞いていた。だが他の社員の居る場所で人間性を否定されるような言葉で罵倒されて頭に来て叫ぶ。

「やるよ!やりますよ!やってやりますよ!とにかく成績を上げれば良いんでしょ!」

 急に叫ばれて驚いたのだろう。部長はポカンとした顔で俺を見ている。

 ま、夢の中だから何言ってもいいだろ。何なら部長のネクタイをガッと掴んで引き寄せてビンタでもしてやろうか。

「や、やってくれればそれでいいんだよ仙道君」

 うわぁ夢の中だというのに何!?このスッキリ感。

 思い返せばサラリーマン時代は我慢我慢の連続だった。世の中のほとんどの人は、俺と同じように我慢や妥協を繰り返して生きているのだろう。俺は部長にこんなセリフを言ったことなど無かった。会社が倒産するって分かってれば、もっと捨身でいろんな事が言えていたかも知れないけれど。

 コロネという疫病が流行した影響で倒産したあの会社。あの嫌味スキルの高い部長は今頃どんな生活を送っているのだろうか…

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