覚醒屋の源九郎     51~55話

覚醒屋の源九郎

キャンプファイヤー

 バーベキューを始めて既に1時間経過。

 ぼちぼち皆の箸のスピードが遅くなっている。予想よりも肉の減りは早いが、まだ30人前くらい大皿の上に残っていた。

 酒類も少しは持って来ていたが、あっという間に売り切れてクーラーボックスには氷の溶けた水と空気しかない。

 焼酎やウイスキーが瓶に半分くらいは残っているかな。

 ミーコとミニョルは別格で、腹部は膨れ上がっているがまだまだいけそう。

 爆食女王のみくるはペースが早すぎたのか現在グロッキー状態だ。

 俺はキャンプファイヤーの準備された場所に居た。

「おーいみんな〜!そろそろキャンプファイヤー囲まないか?」

「あ、良いね〜やろうやろう!」

 泉音が最初に呼びかけに応じてこちらに駆けて来る。それに追随して他多数もやって来た。

「よし、みんな集まったな。点火するぞ〜ファイアーッ!」

 魔法の火力で薪が勢い良く燃え上がる。

「うわぁ、キャンプファイヤーって初めてです。夏休みのいい思い出になりました」

 治志が喜んでくれている。そう言えば俺の高校生時代ってキャンプ自体やった経験がなかったな。誘われても何かと理由を付けて行かなかった。今は行っときゃ良かったと少し後悔。

 炎がMAXまで昇り下火になって落ち着いた頃、オカリナのような音色が聴こえた。ルカリの吹く楽器から発せられるその音色はパチパチとゆっくり燃える薪の音と相まって、とても心地よく安らかな気持ちにしてくれた。

 俺は炎を見ながらこれからやるべき事を考えていた。

 無限覚醒をここに居るみんなに使用すれば、場合に寄っては飛躍的に戦闘力をUP出来る。だけれど「無限覚醒説明欄の注意書きを見逃してた〜」とこの間ミーコが言った言葉を思い出す。

 俺自身への無限覚醒重ねがけは使用した時点から次に使用するには、最低一週間以上の期間を空ければ良いらしいが、他者への使用は最低1年以上空けなければならないという超重要事項があったらしい。

 ここにるメンバーで覚醒させたのは治志の精神力UPだけだ。つまり、治志に無限覚醒は1年くらい使用出来ない事になる。

 治志の悪鬼を制御する為に使用したのだから、あの時点では最上の選択をしたと言えるが…

 とにかく他のメンバーを現時点で覚醒するべきか否かで悩んでいた。

「源九郎、何か悩み事でもあるの?」

 俺はきっと重い表情になっていたのだろう。泉音が気を使ってくれた。

「明日の朝食は何が良いかな〜なんて考えてただけだよ」

「ふ〜ん、そんなんじゃない顔してたけどな〜。もし相談が必要な時はいつでも言ってね」

「ありがとう泉音、その時はよろしく頼むよ」

暗闇

 キャンプファイヤーの炎が小さくなり、全員で後片付けに取り掛かった。肉は明日の朝食用を焼いて残し、あとは本当にミーコとミニョルが食べてしまった。どんな胃袋してんだこの二人。

 片付けが終わり流石に全員疲れたのか、おやすみの挨拶を済ませ各々のテントへ入っていった。

 テントの中で横になってミーコに話しかける。

「今日は充実した1日だったなミーコ」

「うん!最高だったね〜。ミニョルとあの熊を狩ってる瞬間がぁ…….」

 寝た。

 早すぎだろ猫娘。

 他のテントからも話し声は聞こえず、みんな疲れきったのか早々と寝てしまったようだ。

 俺は何故か全く眠気が来ない。

 「ホーホー」とフクロウの鳴き声だけが暗闇に響いていた。

 またいつかキャンプやりたいな。今度やるなら修行とか抜きにして遊びまくってやる。海の近くでキャンプするのも悪くない、釣りや海水浴に水着…いいじゃないかいいじゃないか。

 そんな妄想をしていると、フクロウの鳴き声がしなくなった事に気付く。

 心が落ち着かない、テントの外にでて辺りを見回すが真っ暗で静かだ。いや、静かすぎる…

 林の方を見ると、小さいが赤く発光する何かが一瞬見えて直ぐに消えた。何だあれ!?

「ディサピア」

 俺はインビジブルを使い林の方へ向かう。音を立てないよう林に入り、先ほど光の見えた場所を確認する。そこには何も無かったが念のため木の上を見ると、!?枝の上に立っている人影があった。

 暗くて把握しづらいが、そいつは見慣れない服装にマントを羽織っている。モンハンに出て来るナルガクルガの怒り状態に似た赤く光るその眼はテントの方をジッと観察しているかのように思えた。

 もし敵であれば、相手がこちらに気付いていない今なら、背後から素早く近づき村正で一刀両断出来そうだが…敵味方の判断がつかない。

 ヒリヒリする膠着状態の中、聞き慣れた声が聞こえる。

「アンデットであるヴァンパイアの貴方が人間界に何の用です?アンデット系は人間と契約できない筈ですが」

 ルカリだ。

 空中に浮き、右手にレイピアを持ってヴァンパイアと呼ばれた奴の正面で話しかけている。

「おっと、これはこれはエルフ様ではございませんか。用件は人間様にございますので、エルフ様にお答えするつもりはないわーーーっ!」

 ヴァンパイアはマントの中から長剣を取り出しルカリを強襲!

 素早い剣撃をルカリは軽く交わし、レイピアでヴァンパイアの首を一刺し!

 終わったか!?うおおルカリつえ〜!と思った刹那。

 両者の間に爆発が起こり、ルカリが吹き飛ばされていた。

来訪者

「ファイアボール!」

 俺はヴァンパイアに向け魔法を放ちその場移動。まだインビジブル状態を有効活用しなければ。ファイアボールはヴァンパイアに命中するも致命傷にはなっていない。

「他にも獲物がいるようだ」

 俺の存在は知れたが場所は特定されていない筈。

 ルカリは!?吹き飛ばされた方向を確認する。草原に横たわっているのを見つけだが動かない、どうやら気絶している。

 ヴァンパイアが地上に降りてルカリに近づこうとしていた。

 考えてる暇は無い。次の一手を!

「吸血鬼には光だろ!ライトニング!」

 初歩の光系魔法だ。

「ダムド」

 さっきの爆発系魔法か!?ライトニングは呆気なくかき消された。だが。

「これで終わりだ!唸れ村正!」

 俺は既に背後へ回り込んでいた。そこからヴァンパイアを横一閃で胴から真っ二つにする。

 インビジブルを解きルカリのいる場所へ駆けつける。

「大丈夫か?ルカリ!」

 腰をかがめ彼女を抱き起こす。

「源九郎?私は気絶してしまったんですね…っ!ヴァンパイアは!?」

「ああ、あいつは俺が一刀両断してやったよ」

「…あれは不死身なんです。最終的には魔法で全て消滅させないといけません」

「えっ!?そうなのか?」

 慌てて真っ二つにしたヴァンパイアの方を振り向くと、上半身と下半身が地面を這いずり互いに引き寄せられるように動いているではないか!きもっ。

 両手を使ってズルズルと動く上半身に駆け寄り、村正を首に突き立てそのまま剣先を地面に突き刺す。

 酷いが串刺し状態にして前進できなくしてやった。

「死者の魂を葬れ!ホーリーディストラクション!」

 ルカリは下半身に向けて聖属性魔法を放つ。凄まじい極太の光が直撃して下半身は消滅してしまった。

「貴様らやってくれたな」

 串刺しになったヴァンパイアが村正を地面から抜こうとしている。両手で刀身を握ったがジューッと肉の焼ける音がして手はドロドロと溶けていった。

「それ妖刀だから触れない方がいいぞ」

 ヴァンパイアのボロボロの姿を見て情け心が出てしまう。俺自身が人間らしさを忘れてなくてホッとしてもいたが。

 しかしこんな姿になっても会話は可能のようだ。こいつから情報を訊き出さなければならない。

「まずは、お前がこの場所でテントを観察していた理由を教えてもらおうか?」

 ヴァンパイアは不吉な笑みを浮かべ口を開く。

「フッ、貴方に情報を与えて私に何のメリットがあると言うのですか?」

「お前の持つ情報を全て教え、このまま異世界に戻るなら命までは奪わない」

 ルカリはどう考えているか知らないが、俺は本気でこいつを消滅させるつもりは無かった。

ガラント

「まあいいでしょう。このままではエルフの魔法で消されてしまいますからね」

 こいつ、下半身を完全に消されて内心ビビってたな。

「まずは自己紹介から、私はヴァンパイアのガラントと申します」

 律儀だな。同じく律儀な俺は返す。

「俺は源九郎だ」

「私がここで観察していたのは単なる興味本位ですよ。機会があれば生娘の血を頂こうと考えてはいましたがね」

 予想はしていたが馬鹿正直だ。この状態では隠しても仕方がないが。

「ゲートキーパーがいる上に結界のあるゲートを、どうやって通過して人間界に来れたのですか?」

 ルカリも追求したい事があるようだ。

「エルフ様はご存知無いらしい。今は精霊妖精界と人間界のゲートは自由に通れてしまうのですよ」

「何が起きているのですか?」

 余程の事態なのか、ルカリの声が少し震えている。かなり動揺していいるようだ。

「仙人界の妲己により結界は消滅し全ての制限が無くなりゲートキーパーも倒されてしまったのです」

 妲己!?あいつやっぱり只者じゃないな…

「妲己は一人でそんな事が出来たのですか?」

「いいえ、仙人界の聞仲と趙公明という名の者と、妲己に操られた精霊妖精界の亜人やアンデットにより構成された妲己軍による仕業です」

「そんな…」

 ルカリは言葉を失うほどショックを受けたようだ。

 世界の綻びとの関連性は分からないが、既にとんでもない事が起きている。とにかく情報を訊き出さなければ。

「何が目的か分かるか?」

「あの妲己のことです。恐らくは人間界の支配が目的といったところでしょう」

 妲己の支配による人間界。想像しただけでもゾッとするな。

「で、お前はどうして人間界に来たんだ?」

「ずっと人間界には来て見たかったのです。人間の血は精霊妖精界の住人達よりずっと美味そうですので…おっと、もちろん私はこのまま精霊妖精界へ戻りますので関係ございませんが」

「という事は、単なる好奇心だけでこっちにやって来る異世界人が他にもいる訳だ」

「ゲートが自由に通れますので、或いは既に多数の者が来ているでしょうね」

 こいつからすれば人間界などどうでもいいのだろうが、簡単に恐い事を言われるとなんか腹立つな。

「では私をこの辺で解放して頂けないでしょうか?」

 察するに妲己の一味では無さそうだ。そろそろ解放してやろう。

「変なまねはするなよ。解放したら真っ直ぐ故郷に帰れ」

「もう抵抗する気は更々ございません。承知いたしました」

 もしもの時の為ルカリに魔法の準備を促し、村正をヴァンパイアの身体と地面から抜き鞘に収める。

「ではご機嫌ようでございます」

 ガラントはそう言って小さなコウモリの姿になり、上空へパタパタと飛び去ったのだった。

困難

「今夜の件だけど他のみんなには明日の朝にでも話そうと思うんだけれど、ルカリもそれで良いかな?」

「わたしもその方が良いと思います。ただ、精霊妖精界と人間界のゲートが自由に通れてしまうという状況は、人間にとっても一大事であるのは間違いありません」

「そうだな…」

 ルカリとそれ以上言葉を交わすことなく各々のテントに戻る。

 ミーコがすやすやと眠っている側で横になった。今度は一日の疲れがどっと押し寄せ、意外にもすんなりと眠りに就く。

 翌日の朝になり、目を覚まして横を見るとミーコの姿がない。

 テントを出て外に出ると、みんなは既に起きて賑やかに朝食の支度をしている。

 晴々とした空。今日も天気は最高だ。 近くの泉音に声をかける。

「おはよう、ごめん寝過ごした」

「おはよう!もう少しで朝食できるからね」

 朝から笑顔を見せてくれる泉音。周りを見ると他のみんなの表情も明るく元気そうである。昨夜の件を話さなければならない事を考えると気が重くなって来た。

 朝食の準備が整い、テーブルを全員で囲んで食べた。

 焼いた熊肉の上に目玉焼き、別の皿にはサラダ。朝から重すぎるだろ!と思ったけれど、旨くてすんなりと胃袋に収まってしまった。

 食後の片付けが終わった頃、全員を集め芝生に円状で座り俺は昨夜の件を語る。

「昨夜、ヴァンパイアのガラントから聴き出した情報は以上だ」

 想像していた通りの全員の重い反応…と思いきや。

「じゃあもっともっと魔法を強力にしないとね」

 と泉音。

「僕も剣の腕を磨かなきゃ!」

 と治志。

「妲己は絶対倒す!」

 とみくる。

 若いのに心強い人間勢。

 ミーコとミニョルは深く考えていないのか、精霊妖精界の種族はあーだこーだキャッキャと話している。

 一方でルカリとリアーネの表情は重い。

 知性の高いエルフとシルフの二人には、ことの重大さが俺達よりずっと分かっているのかも知れない。

「ルカリ、リアーネ!あんま心配するな。みんなで攻略法を考えてこの困難を乗り越えよう!」

 俺は二人の肩を軽く叩き励ます。

「ありがとう。でも仙人界の三人。妲己は勿論ですが、聞仲と趙公明の両名は精霊妖精界でも知らぬ者はいない程の実力の持ち主。特に要注意ですよ」

 四大精霊であるシルフのリアーネはここの誰より異世界について知っているのだろう。

「そうだな、三人には気をつけよう。ところで、ゲートの結界は自然に形成されたものなのか?」

「いいえ、あれは四大精霊の各王が協力して造り上げた結界です。その結界を破るにはその四王の能力を超えた力でなければ成し得ません」

「なるほど分かった。結界を再生できる可能性があるという事と、同時に仙人界の三人の凄さもな…」

 まずは崩壊した結界の修復が最優先か。既にこちらに来ている異世界者は仕方ないとして、このままゲートを放置していては人間界の状況は悪化する一方だろう。

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