一輪の廃墟好き 第126話~第128話「雑音」「警官」「寝室」

一輪の廃墟好き

 車から降り、事件のあった家屋へ歩いて向かう。

 何気なく空を見上げれば、先日の雨が嘘のようにカラッと晴れており、春という季節の暖かみを感じた。

 だが目的地が近づくにつれ、ごった返した人々による話し声が雑音になって耳に届き、風情を楽しめるような環境ではなくなった。

「静かな村とはいえ、人が集まると流石に騒がしいな」

「ん、まぁ、小さな村で事件なって稀だろうからね…」

 未桜とそれだけの会話をしているうちに、10人以上の老若男女の集団の端までたどり着く。

 すると僕達のことを余所者だと気づいた一人の村人の男が僕達に話し掛けて来た。

「あんたら村人のもんじゃないだろ。野次馬根性出してこんなとこには近づかん方が良い」

 野次馬根性はお互い様だろ。

 中肉中背のその男は四十代半ばといったところだろうか、あからさまに怪訝な顔をしているので一瞬イラついてしまった。まぁ口に出して言わなかっただけ理性が働いたということである。

「いやぁ、家の中に居る刑事さんに用事があって来ただけなんですよ。すみません、ちょっと通してもらえませんか?」

 ここを訪れた理由の半分は淀鴛さんに会うためなのだから、嘘を言っているつもりはない。

「へぇ、そうだったのかい。つまらんことを言って悪かったな」

「いえいえ」

 彼には「刑事」というワードが響いたのだろう。悪びれながら素直に道をあけ、僕と未桜を通してくれた…

「こらこら!君達!見せ物じゃないんだから近づいちゃダメだ!」

 戸が開いたままの玄関から家屋の中を覗き込むと、キリッととした制服を身にまとう警官に速攻で注意を受けた。

 別に家屋の中に足を踏み入れたわけでもなかったのだけれど、結構な剣幕で怒られてしまったものである。

 考えれば、否、特段考える必要もなく、警察の方はただ単に自己の職務をまっとうしているだけなのだから仕方がないし、どちらかといえばこちらが一方的に悪かっただけの話しだ。

 年配の男性警官の対応は当然であり、探偵家業を行う上でこのようなことを散々経験しているはずの僕が、なぜ安易で軽率な行動をとってしまったのか?勿論ある狙いがあったからこそなのだけれど…

「おお!荒木咲君!やっぱりここへ来たか!」

 予想的中である。近くで別の警官と会話をしていた淀鴛さんがこちらに気づき声を掛けてくれた。

 「やっぱり」という言葉が少々腑に落ちなかったがそんなことはどうでもいい。これで現場視察への第一歩が踏み出せたわけである。

「ええ、民宿の女将さんから事件のことを伺ったもので、きっと淀鴛さんのことだから居るんだろうなぁと思いつつ来ちゃいました」

 「テヘペロ」とまではいかないまでも、頭を掻きながら苦笑いを作る僕であった。

「淀鴛さんの知り合いの方ですか?」

 僕達を屋内へ進ませまいとブロックして来た年配警官が訊くと。

「あぁ申し訳ありません。実はそうなんですよ。彼らは警察関係者ではないが、探偵やってるものでたまに困った時は頼らせてもらってるんです」

 淀鴛さんの想定通りか即興で合わせているのか、真意のほどは定かではないけれど、ここは上手く合わせるべきだろう。

「ええ、そうなんです。僕は僭越ながら探偵事務所を構えてまして、主には民事に関わるような案件を受けているんですが警察の方から要請があれば、たまにこうして事件現場に立ち会うこともあるんです」

 と話しつつポケットから名刺入れを取り出し、年配警官に名刺を一枚手渡した。

「これはどうも…しかし今回は殺人事件である可能性が高い現場ですので…」

「大丈夫ですよ。彼らは若いが経験豊富で生臭い現場も慣れてますから」

 年配警官がまた拒もうとしたところへ淀鴛さんが間髪入れずにフォローしてくれた。

 そこからは淀鴛さんの誘導によって、事件の現場である被害者の寝室までスムーズに入ることが出来た。

 現場である畳張りの狭い寝室には、二組の布団が散乱した状態で並んでおり、シーツの白い部分には生々しくも真っ赤な血が飛び散っている…

「ごめん、一輪。なんだか気分が悪くなっちゃった。終わるまで外で待ってていいかな?」

 僕の背後に居た未桜が、現場の惨状にショックを受けてしまったのだろう。自ら退場を申し出た。

 しまったな…考えてみれば彼女は事が起きて間もない殺人事件の現場検証の経験が無い。

「もちろんだ。そこら近辺の風景でも眺めながら散歩でもしていてくれ」

 僕は気配りが足りず申し訳無い気持ちで彼女にそう言った…

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