一輪の廃墟好き 第123話~第125話「殺人事件」「現場」「人だかり」

一輪の廃墟好き

「あっ!そうそう…ちょっと言いづらいのだけれど…」

 テキパキとした女将さんにしては珍しく歯切れの悪い物言いをする。それに「ちょっと」の意味合いとは程遠い深刻な面持ちになった。

 そんな姿を見せられては言いかけた言葉を聞き出さないわけにもいくまい。

「あのぉ、女将さん。僕達は何を言われても平気な人種ですのでお気になさらず続けてください」

 正直なところ、勢いで「何を言われても」は過言だったと思う。僕は自分が傷つけられる言葉に過剰反応してしまうことがあるからだ。
 無論、この場面で女将さんがそのような言葉を口にする理由など考えられない。

「…じゃあお客さんも知っておいた方が良いと思うので伝えておきます。…今朝方のことなんですけれど、村人の老夫婦が住む一軒家で二人の死体が発見されて…聞いた話ではどうやら殺人事件の可能性が高いらしいんです…」

 なるほど、なぜ女将さんがこわばった表情をしていたのか理解できた。

 まだ確定ではないが、この小さな井伊影村で起きてしまった殺人事件。民宿をたった一人で切り盛りしている女性の女将さんからすれば、犯人がまだそこら辺をうろうろしている可能性を考えると恐怖心で顔が硬ばってしまうのも無理わない…

「本当に素晴らしい民宿でした!女将さん、身体に気をつけて頑張ってください!」

「うんうん♪最高でしたぁ♪」

「ありがとうございました。またのお越しをお待ちしております」

 僕達は村で起こった事件について女将さんから知る限りの情報を聴き出し、暗くなった雰囲氣を吹き飛ばそうと、いつもの三割ましくらいの元気な声で挨拶して「民宿むらやど」をあとにした。

 駐車場に停めてある愛車の「フィガロ」に荷物を詰め込み、運転席に着くとすぐにエンジンをかけた。

「ねぇ一輪、やっぱり事件のあった現場に行くんでしょ?」

「あぁ、勿論だ。どうやら女将さんの話では淀鴛さんも現場へ向かっているらしいからな。それになんだか分からないが変な胸騒ぎがするんだ…」

 確実な根拠は掴めていなかったが、僕の中で何故だか胸騒ぎがしていることは確かだった。

 今はきっと警察関係者が現場検証を進めていることだろう。

 女将さんによれば事件のあった家屋は、車で走れば10分とかからない川沿いの場所にあるらしい。

 民宿の駐車場を出て現場へ直行する。

「あのさぁ、一輪。一つ聞いていいかなぁ?」

 助手席に座る未桜が珍しくしおらしい感じで問いかけてきた。

「ん!?なんだ改まって、気持ちが悪いぞ」

「んもう!失礼しちゃうなぁ!そんな風に言わなく良いじゃない!」

 いつもの軽いノリでいじってみたのだが、彼女の反応は思っていたより大きく、本当に怒っているようである。

「ハハハ、悪い悪い。でも質問は短めにな。あっという間に現場へ着いてしまうぞ」

「...わかった…じゃぁ短めにというかストレートに訊いちゃうけれど、さっきさぁ、女将さんの後ろに…」

「ストップだ!」

 僕は突如として目の前に飛び込んで来た情景に、どうしようもなく車の運転に集中せざるを得ない状況となり、ほぼ反射的に未桜の言葉を遮ってしまった。

 なんせ運転する車の進路に人がぞろぞろと現れたのだから…

 現場の家屋は車で10分とかからないとは聞いていたが、実際は5分とかからずに到着してしまったようである。

 元より人口が少ない井伊影村にあって、10人を超える人だかりに加え、路上にはパトカーが一台停まっているのだから、視界にある木造の古びた家屋が事件現場であることは疑いようがない。

 僕は徐行運転しなが集まっている人々の様子や、開いた家屋の玄関口にチラリと見える制服姿の警官を注視する。

 同じように様子を窺う未桜に訊く。

「どうだ未桜。あの中に淀鴛さんの姿が見えるか?」

「んん…あっ!いたいた!淀鴛さん警察の人と何か話してる」

「よし、うまくいけば現場を見ることができるかも知れないな…どこか車を停められるスペースは…」

 現場の家屋前を通り過ぎてすぐに雑草の生い茂った程良い駐車スペースが見つかった。

 断じて田舎を馬鹿にするわけではないけれど、建物の少ない井伊影村では車を停めるのに不自由することは無いようである。

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