一輪の廃墟好き 第102話~第104話「腹の虫」「当然」「すき焼き」

一輪の廃墟好き

 自分たちの部屋へ鍵を開けて入ると、シチュエーション的にお決まりの事態が待ち受けていた。

 そう、最初に入った時には木製のテーブルが置いてあった場所に、真っ白なカバーに包まれた清潔そうな布団が二組、びったりとくっつけて並べられていたのである。

 僕は頭を掻きながら何でもない風を装て未桜に話し掛ける。

「やれやれ、がちがちのありがちなパターンだな、どれ、少しばかり離しておこう」

「ありゃぁりゃぁ、そんなのいいよぉ。だって一輪が万が一その気になれば布団の距離なんか無意味ってもんじゃない?」

 万が一にも彼女に手を出そうなどという不埒な心はこれっぽっちも持ち合わせてはいないけれど、なるほど、彼女にしては珍しく核心を突いた意見だ。

 このケースにおいては、密室の空間に若い男女の二人が居合わせいるとういう事実が最大の問題なのであり、それに比べれ二組の布団が1m離れていようが、完全にくっついていようが全くもってどうでも良い話しなのである。

「そうだな。億が一にも何かが起こる筈もないし、起こす気もないわけだからこのままにしておくか…」

「億が一もないのかぁ、それだとちょっと女としての自信を喪失しそうなのですが?」

 睨みつけるように目を細めて未桜が拗ねる。

 丁度その時、二人の減りに減った腹部から、古くから伝わる「ぐ~」っといった腹の虫がほぼ同時に鳴き、僕達は互いに相槌を交わして一階へと降りて行った。

 若女将(仮)に教えられた通り、襖が開け広げられた和式の食事場へ入ると、食欲をそそるほんのりとした醤油の香りが漂っていた。

 食事場全体は12畳ほどの面積があり、ちょっとした宴会なら十分に実行可能だという感想を持つに至る。

 畳には松林の描かれた純和風置な仕切りが置かれており、それが三組の宿泊客の食事を摂るスペースを作り出していた。

「荒木咲さんは一番奥の席になりますので、どうぞお座りになってください」

 料理が乗ったお盆を両手に抱えて僕達の横にスッと現れた若女将(仮)に誘導され、僕達は奥へ歩く。

 一番手前の右手に見えたテーブルの上には、料理を食べ終えたと思われる空になった二人分の食器がそのまま置かれていた。

 そして二番目のテーブルを素通りしようとした僕達の足は、一人で食事を摂っている男性を目にしてピタリと止まる。

「淀鴛さんじゃないですかぁ♪こんばんはぁ♪」

 僕が声を発するより早く、未桜が実に気楽な感じで挨拶した相手は、燈明神社で初めて出会ったばかりだというのに、30年前の事件のことを話してくれた刑事であり、今現在、廃墟となっている燈明神社と家屋の所有者でもある淀鴛さんであった。

「おっ、おぉ君達か。奇遇だな…いや狭い村だ、旅行者が泊まれるところは限られているから当然と言えば当然か」

 彼の言ったことに直ぐに納得がいった僕達は、とりあえず会釈をして料理の並べられた自分達の席へ腰を下ろした。

 

目の前にある木製のテーブルの上には、火の点いたカセットコンロに蓋のしてある土鍋が置いてあった。

 季節は春であり、若干シーズンは過ぎているけれど、旅先で食す鍋はその存在だけで良い雰囲気を醸し出している。

「そうか、醤油のいい香りがしていたということは、これはたぶん『すき焼き』だな」

「だねぇ、香りがたまりせんなぁ♪」

 未桜が土鍋から漏れる蒸気を手で仰ぎ、よだれを垂らさんばかりに香りを楽しんでいる。

「おまちどぉさまぁ、はい、こちらが追加の井伊影村地産の牛肉とお野菜になります。お飲み物は何になさいますかぁ?」

 若女将(仮)が慣れた手つきで肉と野菜の乗った皿をテーブルに置く。

「あのぉ、生ビールってありますかぁ?♪」

 助手よ。言っちゃ悪いがそれは愚問というものだぞ。ここは人の多い町から遠く離れた辺境の小さな村の民宿だ、あっても缶ビールが関の山、生ビールをつくる機材なんて置いてあるわけがなかろう。

「あら♪あるわよぉ♪生2つでよろしいかしら?」

 あるんかーい!!!???

 もちろん僕は声には出さず、心の中で思いっきりツッコミを入れつつ「それで結構です」という意味の相槌を打った。

 ここで見せた若女将(仮)の綺麗な笑顔の裏には、微かに「してやったり感」があったような気がした…

コメント

タイトルとURLをコピーしました