ごく普通に現実的な考え方からすれば、幽霊と会話をするためには生存している僕達は良いとして、命を落としこの世の者で無い幽霊側が人間と同じ、もしくは人間に近い声帯らしきものを持っていなければならない。
いや待て、身体の構造などというものを持ち出してしまえば、そもそもこちら側の声が届くのだろうかという疑問が浮き…
「お婆さん!お婆さんはわたし達に何か伝えたいことがあって姿を現したんでしょ?」
ああ、流石は天真爛漫かつ迅速果敢な我が助手。こんな時はうだうだと考えるより実践した方が早いってもんだ。
未桜の真っ直ぐな問いかけに、仏像の如く微動だにしていなかった老婆の霊が肩をすくめてゆっくりと頷く。
どうやらこちら側の声は幽霊に届くらしい…ならば。
「お婆さん、この家で30年前に何が起こったのか知りませんか?」
「……………….」
僕は普通の大きさの声で問いかけたつもりだったのだが、老婆の霊は未桜の方を向いたまま口を開くこともなくジッとしている。
「もしかしてお婆さんはこの淀鴛家のご先祖様なの?」
老婆の霊は表情こそ変わらないものの、未桜の質問にまた頷いて答えた。
なんだ聞こえているじゃないか。よし僕もワンチャン。
「小さい頃にこの庭で遊んでいた淀鴛龍樹さんを見守っていたのは貴方だったのですね?」
「……………….」
老婆の霊は先程と同様に僕の問いかけるに反応を示してくれず、ただ虚しいだけの凍るような沈黙の時間が流れる。
結論からして、どうやら届いているのは未桜の声だけのようだ…
さらに質問を続けていると、最も欲しかった情報、つまりは30年前に淀鴛家で起きてしまった悲惨な事件の一角に迫ることができたのである。
それは30年前の事件当時、警察の調べでは「自殺」だと断定されたのだったが、この老婆の霊は、「30年前に若い夫婦は自殺されたのですか?」の問いに対し、俯き加減で首を小さく横に振ったのである。
初めて出会った人、それも幽霊の反応を鵜呑みにするのも如何なものかと思うけれど、僕は何故だかこの老婆の霊は信用に値するものだと踏んでいた。
無論、老婆の霊は話すことが出来ないので細かい情報を聞き出すことは不可能だし、それより何より時間が…
「助手よ、もうそろそろ時間的にかなりやばい。残念だが次の質問で最後にするぞ」
「…だねぇ、了解。じゃあ最後の質問をどうぞぉ」
辺りはより一層暗さを深く増しており、ケチ臭い考えかも知れないけれど、帰りの移動時間を計算に含めれば、民宿の決められた夕食時間にギリギリ間に合うかどうかという時間帯までに及んでいた。
腹も減ってきたことだし、時間を守れなければ民宿の方にも悪いではないか…
無意味とも言えたけれど、僕は敢えて顔を近づけ最後の質問を未桜に耳打ちした。
未桜が老婆の霊と視線を合わせて最後の質問をする。
「淀鴛龍樹さんのご両親を殺害した犯人は、井伊影村の住人なのでしょうか?」
老婆の霊は哀しげな面持ちのまま、じんわりと頷いたのだった…
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