帽子の行き先を追い空を見上げると、太陽の光で満たされていた青色の空間が灰色の雲の所為でほとんど色を失っていた。
フワフワと空を飛んでいればまるでUFOのような未桜の帽子、ボーラーハット。
ものの十数秒であっという間に遠くまで風に流され見えなくなってしまった。
彼女にとっては不運なのだろうが、きっと森の奥にでも落ちてしまったのだろう。
「未桜のU、いや、帽子は残念だが諦めた方がいいかも知れないな。あれを探すとなるとどれほど時間が掛かるか分からん」
「ええ~っ!?これじゃ泣きっ面に蜂だぁ~!あれって大学在学の時から使ってる結構お気に入りの帽子だったのにぃ…」
未桜はあからさまに肩を落としてしょげている。
今日は彼女にとって厄日だったのか、日常に比べて随分と気分的起伏が激し過ぎる日となったようでである。
普段は彼女に対してあまり気を回さない僕でもちょっと可哀想になってきた。
「…可能性からして期待をもたすのもなんだが、もしかしたら豆苗神社までの道のりの何処かに落ちてるかも知れないぞ」
「…だと嬉しいんだけど…あっ!そうだ!一輪の『線』ならひょっとして見つけられるんじゃない?」
「…ん~、どうだろうな…」
未桜がすがるように口にした「線」とは、僕が生まれ持った特殊能力、僕なりの正式名称で「想いの線」と呼んでいるものである。
と云ったところで「なんそれ?」という疑問視する声が聞こえてきそうなので簡単に説明しよう…
突然だが、「サイコメトリー」という言葉を聞いたことはないだろうか?
サイコメトリーには計量心理学、心理学に統計学的手法を取り入れた学問という意味と。
科学的に証明されていない超能力の一種で物体に触れることにより、そこに残された人の記憶を読み取る能力・現象という意味があるけれど、僕の特殊能力に関連しているのは後者の方となる。
そう、僕の特殊能力である「想いの線」とは俗にいう「超能力」に限りなく近いものなのだ。
サイコメトリーは人の記憶が物体に残されていて、触れると人の過去の経験を読み取れるという不思議で非科学的な超能力である。
僕の場合、そこまで強力な能力は備わっていない。
想いの線はある一定の条件下で物体に触れると、物体と人を繋げる橙色の糸のような細い線が僕の目に映るのだ。
親しみ深いもので例えるなら「運命の赤い糸」が分かりやすいかも知れない。
非科学的な現象を苦手とする天才のこの僕が、「想いの線」などという解析不能な特殊能力を持っているのだから皮肉なものである。
僕に備わる特殊能力の説明の中で「物体」という単語を使用したけれど、少しばかり掘り下げて説明しなければならない。
一般的にいうところの「物体」の意味は具体的な形を持って空間に存するもの、物理学では、物質が集まって空間的な広がり(形体)を成しているものである。
つまりこの広義の意味合いからすると生きている当然ながら人間も含まれるのだが、僕の「想いの線」においては「生物」を省いた狭義的な意味で捉えてもらった方が良いだろう。
何故なら僕の「想いの線」は人間を始めとした動物、昆虫、植物などの生物の類は、過去に何度も能力の発動を試みた経緯はあったが、ただの一度も成功したことが無いからだ。
尚また付け加えておくと、例えとして出した「運命の赤い糸」とも異なる部分が少なからずある。
「運命の赤い糸」を頭の中で想像した場合、フニャフニャとした曲線の赤い毛糸を絵になると思われるけれど、「想いの線」はこれでもかと言わんばかりに真っ直ぐな直線なのだ。
また違う例えを述べて些か申し訳ない気持ちもあるが、かのジ○リ映画である「天空の城ラピュ○」に出てくる「飛行石」が、「天空の城○ピュタ」の位置をナビゲートする青いレーザー光線のようなものだとイメージしてもらった方がいいかも知れない。
まぁ、あんなにハッキリとした光線ではないのだけれど。
などと説明染みたというか説明そのものをさせていただいたわけだが、そろそろふざけた解説はこの辺にして現実に戻ろうと思う。
「可愛い助手のためだ。試すだけ試すのはいっこうに構わない。が、ダメ元レベルなんだから余り期待するなよ」
「一輪に初めて『可愛い』って言われた~♪滅茶苦茶嬉しいなぁ♪」
いや、そっちに過剰反応し過ぎだろ。
「僕の話をちゃんと聞いてるのか?」
「あっ!?うん♪『ダメ元上等』でお願いしま~す♪」
「上等」という言葉の使い方に若干の違和感を感じるが捨て置くとするか。
僕は側に居る未桜により近づき、彼女の頭のてっぺんに右手をそっと当てた。
「さて、集中してお気に入りの帽子のことだけを考えるんだ」
「うん…」
僕の能力は人間に使って成功した試しが無いけれど、折角やるなら出来る限り成功率は上げたかった。
能力発動のため集中力を高めた僕はいつもの決まり文句を呟く。
「想いよ、導け」
上手く発動する時は、手の甲の真上に「アポロチョコ」サイズの光球が浮かび上がるのだが…
今回はなかなか姿を現してくれない。
やはり人間が相手では発動しないか…と諦めかけたその時!
手の甲から橙色の小さな「蟻」サイズの光球がヒョロヒョロと浮かび上がった。
もしやいけるのでは!
「プスッ」
淡い期待は線香花火が消えるように一瞬で儚く消え去った。
「すまん未桜、失敗だ…」
「あ~…全然気にしないでいいよ~。わたしのためにありがとね♪運が良ければきっと見つかるさぁ~♪そうだそうだ!わたしは自分の強運を信じるのだ~!」
今日の彼女の不運を目の当たりにして素直に肯定は出来なかったけれど、本人が誰にも迷惑を掛けず勝手に信じることは悪いことでは決して無い。
度重なる不運にもめげず、元気が取り柄の鈴村未桜23歳の意気やよし!
などという言葉は敢えて口には出さないけれど、僕達は帽子が見つかることを願いつつ、静かで深い森の中へと足を踏み入れたのだった…
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