一輪の廃墟好き 第17話~第18話「駄菓子屋貞子」「風車(かざぐるま)」

一輪の廃墟好き

「二個で132円になります~」

 彼女は極々普通の接客をしてくれたのだけれど、僕は勝手に湧き起こった恐怖心から「ビクッ!」と身を退いてしまった。

「あら!やっぱり驚いちゃいましたぁ~?♪お客さんわたしね。映画の『貞子』に似てるって村でも評判なのよぉ」

 彼女は両手で前髪を除けると、目玉をわざとギョロリとさせておどけた。

 容姿とのギャップが激し過ぎるぞこの貞子!

「そ、そうですか、それは良かったですね…」

 何一つして良いことは無いのだけれど、早くこの場を立ち去ってしまいたいという気持ちが勝り、サイフから140円取り出し高速でレジ横に差し出す。

「どうもーーーっ!!釣りは要りませんのでーーーーーっ!!!」

「ちょっと!?」

 たった8円のチップとした僕は、未桜の手を握り駄菓子屋から逃げるようにして出て行った。

「ハァハァハァ….」

 陽の当たる道に出て息を切らすも安堵する。

 説明が足りなかったけれど、あの駄菓子屋はコンビニなどと違い照明が暗く無音のためなかなかの雰囲気があり、そこへ来ての「貞子」は僕の恐怖心を煽るには十分過ぎたのだった。

「な~にビビっちゃてるの一輪。相手は普通の人間だよぉ、探偵のくせに相変わらず怖がりだねぇ」

 未桜がここぞとばかりに意地悪な顔をして意地悪を言う。

「うっさいなぁ。苦手なものは苦手なんだよ。そのうち克服してやるさ」

 断っておくが僕は世間一般でいうところの「ビビり」なわけではない。単に非科学的で非現実な、取り分け幽霊のようにオカルトな類がちょっと苦手なだけなのだ。

 それに駄菓子屋の貞子は人を驚かせることを楽しんでいるように思えた。

 売上を伸ばすためにリピーターを増やさなければならない立場にありながら、なんたる挑戦的な接客であろうか!

 ん、いや待て、さっきまで恐怖心でいっぱいだった心のどこかがおかしい…

 …あれ!?ひょっとして、まさか、僕は貞子に好奇心が沸き始めているのか!?

 微かにではあるものの、駄菓子屋の貞子をまた拝んでみたい気持ちが心の芽生えたような…

 これは……恋!!??


 まぁ、そんなわけはミジンコの毛ほども無いのだけれど、冷静に分析してみれば、お化け屋敷に入りたいという欲求と同じで単なる「怖いもの見たさ」であるいえようか。

 なるほど、駄菓子屋貞子の狙いはこれだったんだな!と僕は勝手に気ままに結論づけた。

 駄菓子屋貞子のことを考えつつ、ガリガリ君を無意識に食べていてふと気付く。

 僕は既にアイスな部分は食べ終わり、なんと残った棒をスルメでも食べるようにひたすら噛んでいたのである…

 貞子のことはしばし忘れるとして、何度でも云ってしまうけれど、目的の廃墟である豆苗神社は井伊影村の森の奥に位置する。

 従って舗装された村の根幹たる道路を幾ら歩いても辿り着くとは決してない。

 SNSの画像とストリートビューを閲覧し、根幹たる道路の横端にある豆苗神社へと続く細道の入り口の位置は頭の中に記憶していた。

 特に誘導する看板や標識などは無いけれど、確か木製の風車(かざぐるま)が目印のようになっていた筈である。

 駄菓子屋から20分ほど歩くとその目印となる風車を見つけることが出来た。

「あったぞ未桜。あれが豆苗神社へ続く道の入り口だ」

 僕は春風も吹かず無風で回転していない高さ1.5mほどの風車を指差し未桜に知らせた。

「おおっ!♪あの風車のところですな!♪」

 彼女は喜びほとばしる表情をして鹿のように跳ねて風車へと駆け寄る。

 その余りにも早い行動力が僕の脳裏に不安を過らせた。

「ねぇねぇ一輪!この風車回しちゃって良いかな~?♪良いかな~♪?」

 尋ねながらもグルングルンと勢い良く風車を回転させる未桜。
 不安的中である。

「ばっ馬鹿っ!年代物の風車だぞ!壊れたらどうすっ!!??」

「バキッ!!!」

 止める間も無く、聴きたくなかった木の折れる鈍い音が耳に届く。

「ぅあちゃ~っ!本当にごめん!」

 顔が青ざめ凹む僕に未桜が手を合わせて謝るが、僕に謝ってもらってもなんの解決にもならない。

「ったく。困った助手だな…取り敢えずは折れ落ちた風車の羽が無事か確かめるんだ」

「あっ、あいぃ」

 元気が自慢の彼女も流石に凹んでいるようだ。
 二人してしょぼくれながら風車の安否をしゃがみ込んで確かめる。

 四つの目で丁寧に確認した結果…

 無事だった!
 不幸中の幸いにして羽にははヒビ一つ入っていない!

 こう云ってはアレだが、風車を支える棒は幾らでも替えが利く簡単な造りだ。肝心の羽を修復し、しっかり回転するまで再生するには時間と技術が必要な筈である。

「助かったな…」

「良かったぁ…」

 僕と未桜は顔を突き合わせ嫌なドキドキ感のある胸を撫で下ろした。

 と安堵していたところへ。

「ドドドドドドドドドドドド!!」

 かつて聴いたことのない機械音、けたたましい音を響かせるエンジンがこちらに近づいて来る。

 僕達が音の聴こえる方を振り返ると。

 田畑を耕すための機械である耕運機を運転するお爺さんと、後ろの荷台に座るお婆さんの姿があった。

 仮に平常心だったなら、画像で一度しかお目にかかったことのない耕運機を見れた感動があったかも知れないが、風車の支柱を折ってしまった犯人という負い目から、近づいて来るお爺さんとお婆さんの乗った耕運機に不安を覚えずにはいられなかった…

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